サイアスの千日物語 百六十五日目 その十四
東方諸国では貴人を埋葬する際に、埴輪なる
人形の土器を副葬する習慣があったという。
貴人の供の身代わりとしてとにかく多量に
副葬するために造りとしては簡素であり、
顔も目口に小穴を穿った程度。
随分模式化されてはいるが、眺めていると
中々に可笑しみや親しみが人間らしさとして
伝わってくる事もある。
時には埴輪単体で土産物となる事もあり、
風土色豊かなアメニティグッズとしても
相当な知名度があった。
さて、
「当方に賜りたく」
とのサイアスの言を受けた。
ビーラーの表情は目が点にして口半開き。
まさにその埴輪そっくりなものであった。
天然自然の類似にしては出来過ぎに感じる。
理由は左右の腕を水平に伸ばし肘より先を
右は上へ。左は下へ向けやや仰け反って
硬直し、驚愕と可笑しみを増しているからだ。
そう、これぞ。呪われた血に縛られた
かの国の王家男子の必携かつ愛読の書に言う
「ハ・ニワのポーズ」であった。
要するにびっくらこいたビーラーだが、
例によりポージングは無意識裡のものだ。
何時如何なる状況でも完全に再現できるほど
身に染み込むほどに反復練習をしてきたという
揺ぎ無き証左でもあった。
とまれ急転する話の展開とビョン、と跳ねる
ようにして勢いよく展開したポーズのせいで。
内密の話らしいと素知らぬ風を装ってその実
割りと全力で成り行きに傾注していた周囲の
諸王の意識にこれが大いに刺さりまくって、
諸王は或いはツボり噴出し腹筋が崩壊した。
ハ・ニワのポーズでたっぷり三拍。
どうやら硬直癖のあるらしきビーラーに
きっと「これ」を狙われていたんだろうな、
などと合点がいき脳裏で頷くサイアス。
そんなサイアスに硬直の解けたビーラーは
「……ぇっ、何?
まだ嫁要るんか!?」
と思うところをド直球に問うた。
「洒落にならんにゃ……」
露骨にイヤそうな顔のサイアス。
「まぁまぁ。相当な美女だったろ」
「? 特に何の感慨も」
「うわ、何だこいつ……」
平原一、絶世の美女を母に持ち
他も一族こぞって美形だらけ。
そんな環境で「美姫」として育てられた
サイアスが、美女と見做すのは自身を
超える容貌の持ち主に限られる。
つまり容姿19以上限定だ。サイアスの
知る限り当世には5例しかなかった。
すなわち妻ニティヤと姉ヴァディス、
母グラティアと、かのメディナ……
そして奸智公ウェパルであった。
「私は『当方に』と申しましたよ」
「んじゃつまり、何だってばょ?」
時折シェドと会話している気がしてくる。
これに王家の血の濃さを如実に感じつつ
「城砦騎士団に戦力として提供願いたく」
とサイアスは言明してみせた。
「……あぁ。
ニャぁるそぅいぅことね!
ふむ、うむ。成程成程!!」
大仰な挙措にて全身全霊を以って
合点がいった風を示すビーラー。
もっとも徐々に芝居が勝っていた。
「私がこちらに詰める事で生じた穴を
可能な限り埋め合わせしたいのです。
マナサ様の配下として好適かと。
適宜『躾』もしてくれそうですし」
との補足には
「マナサ…… って、あの。
『皆殺しのマナサ』……」
とドン引き。周囲の王も同様に動揺を。
三日で二国を滅ぼした事もある神話級の暗殺者。
マナサの名は王族にとり魔軍以上の恐怖だった。
「えぇ。シェドことシェダー王子も
お陰でかなり真っ当に。もっとも
従来比での話ですが」
「ぅそん、マジでぇ……」
ポージングすら忘れる程にビビるビーラー。
平原東域ではグズる相手に「マナサが来る」
と言ったなら、泣く子は失神して押し黙り
大人は狂乱して泣きじゃくると言われる。
それを思えばビーラーの挙措はむしろ
豪胆さを褒められる部類であった。
「まぁ、良いか。
我が友サイアスよ。
君の望む通りにしよう。
……そして、その気遣いに
心から感謝する。有難う……」
道化に徹するかに見えて、その実サイアスの
言の真なる意図を。自身に向けられたその
優しさを存分に理解していたビーラーは
言葉とともに頭を下げ、そして笑んだ。




