サイアスの千日物語 百六十五日目 その十三
「なぁ友よ。礼をさせてくれないか」
ややあってビーラーはそう言った。
「とびきり無理難題を吹っ掛けてくれ
でないと恥じ入り過ぎて死んでしまう」
ややはにかんで、自嘲気味に。
その表情や目元には、平素の
毒気は見られなかった。
「ふむ……」
暫し黙考するサイアス。
相手の立場や状況を思えば何も要らぬ
は失礼に当たろうか。だが超大国の
王子にとり、無理難題とは何だろう。
中々思いつかなかった。
手指を顎に小首を傾げ思案する様は
まさに姫人形。同じ人間とは思えぬ程だ。
魔をも虜にするとの噂もこれなら納得だ、
などとビーラーは苦笑して
「遠慮は要らない、
何でも言ってくれ」
と促したものの
「色々あるもののどれが無理難題か
判らぬので、纏めて全部で良いですか」
とこられ
「ぉ、おぅ……」
と流石にうろたえた。
「まずは」
とビーラーに向き直るサイアス。
いつの間にやら周囲には諸王が見物に。
最早如何な無理難題でも断れぬ雰囲気だ。
「ぅ、うむ、さぁこぃ……」
ドッキドキで待ち受けるビーラーと
ワックワクで固唾を呑むギャラリー。
「ミスリルとオリハルコンください。
あるだけ全部。何なら鉱山ごと」
「いきなり無理難題キターッ!!」
しれっとのたまうサイアスに
激しくのけぞり頭を抱えるビーラー。
すっかり居酒屋モードな諸王は
これにどっと笑いだした。
「いやサイアス君? あのね……
伝承金属はもう採れないから
『伝承』なのであって」
「大王国じゅう引っ掻き回せば
標本の一つや二つ出てくるはず。
四の五の言わずに手配するにゃ」
「ゃだ何この子。怖いゎぁ……」
顔色一つ変えずしれっとしたサイアス。
おばちゃん風に怯えてみせるビーラー。
何だか小芝居掛かってきたために
益々ギャラリーな諸王が増えて
やんやと囃したて出した。
「では次に」
再びしゃきっと張り切ってサイアス。
「まだ無理いうんかーい!」
魂の叫びと供に両手を胸前で小さく畳み、
手首を垂らしつつキョドキョドするビーラー。
これぞフェルモリア王家男子の愛読書
「明日からデキる! イケてるポーズ18選」
に掲載の、プレー・リードッグのポーズだ。
第七王子たるシェドも当然使いこなしているが
ビーラーの動きのキレはさらに鋭く、周囲から
は益々の感嘆と笑いがあがった。
もっともサイアスには通じない。
至って平静にお人形そのままな体で
「当たり前にゃ。まだまだ序の口」
とピシャリ。
「いや判った! 私が悪かった反省した!
今回は二件までという事にしてくれ頼む!」
とお次はゴメンナ・スッテを繰り出すビーラー。
本気で困ってはいるのだろうが、挙措がアレ
なので周囲から同情は買えなかった。
「しょうがないにゃぁ……」
と不承不承なサイアス。
周囲はむしろこちらに同情した。
蓋し可愛いは正義であり、
但しイケメンに限るのであった。
「『先刻の件』ですが」
それまでと何ら変わらぬ調子で
然様に切り出したサイアス。
もっとも「先刻」とやらに実際具体的な
何かがあった訳ではないし。そも当事者
以外はまるで預かり知らぬ件だ。
「ふむ……」
とビーラーの態度が曖昧なものに変じた。
それで諸王はすぐに何某かを察し、傍らと
語り合って素知らぬ風を装いだした。
「如何されますか?」
とサイアス。
未遂であっても王族の暗殺に対し
極刑以外の裁きなぞあるまい。
赤の覇王の座右の銘ではないが事が事だ。
「疑わしきはバッサリ」がほぼ唯一解だ。
だが、敢えて尋ねるサイアスの意図を
「どうすれば良いと思う?」
ビーラーは鋭敏に汲んでみせた。
「まずは調査を」
つまりすぐには殺すな、とサイアス。
「当然だな」
とビーラー。
本音は即刻処理したい。
が、そも推挙は父たる大王によるものだ。
関与の有無はともかくとして、軽挙が
危険なのは間違いなかった。
「その上で、別途『支障』がなければ」
別途の「支障」とは余罪を指す。
例えば他者を殺して入れ替わった等、
ビーラーを狙った件以外に如何なる余罪も
存在せず。つまり此度の件をビーラーが
許しさえすれば無罪放免とできるのであれば。
サイアスが迂遠に語るのはそういう事だ。
「うむ、支障がなければ?」
迂遠な、言葉遊びにすら思える政治的な
駆け引きは、ビーラーの最も得意とする所だ。
サイアスの言は過不足も誤謬もなく完全に
理解され、受け入れられてもいた。そして。
「当方に賜りたく存じます」




