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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十五日目 その十二

「こぉの男ったらしっ」


ロイエが茶化すと周囲が笑った。


「なんだそれ……

 発言の撤回を要求する」


口元に運んだティーカップ越しに

傍らのロイエをジト目するサイアス。


「はぃはぃ、人たらしね。

 老若男女見境なし、っと」


さらに周囲から笑い声。

男女入り混じってかなりの数だ。


アウクシリウム北東区画。帰境した

城砦騎士団員のための宿泊施設。それも幹部用

の瀟洒な居館での、遅まきな晩餐後のひと時だ。


利用者が騎士団長や戦隊長級に限られており

また帰境のシーズンオフでもあるのですっかり

寂れているはずのこの居館も、今夜はたいそう

盛況であった。


眺めているだけで半日は楽しめそうな、精緻な

装飾の施された大振りの卓を囲むのはラーズや

肉娘衆を含むサイアス一家の面々とベオルクに

デレク、さらにカエリア王その人だ。


王の護衛は給仕らと広間の傍らに控え、広間の

外や居館の周囲では数十の兵が西方諸国連合の

重鎮らを警護する誉れにあずかっていた。



「気さくに見えてその実人間不信の塊な、

 あのとびきり気難しいビーラー殿が


『おぉサイアス!

 我が心の友よ!!』


 だからね。流石に私も驚いたよ。続く

 情熱的な舞踏にはもっと驚いたがね……」



クツクツと楽しげに笑うカエリア王。


シェドがシェドでアレなので、どんなダンス

かは詳説されずとも容易に想像が付くのだろう。

一行はさらに笑わずにいられなかった。


三大国家のうち北の雄、カエリア王国の主

カエリア王アルノーグ・カエリアは、超大国の

主ながらも玉座での傍観を良しとせず、自ら

兵馬を率いて荒野まで赴き、人魔の大戦の矢面

に立つ城砦騎士団を支援する偉大なる君主だ。


赤の覇王チェルヴェナー同様、一国の王

である事よりも一個の武人である事を望む。


武人の中の武人、騎士の中の騎士であり、

精神性が人の世の守護者たる城砦騎士団員らと

非常に近しい。そのためサイアス以外の一行

とも瞬く間に打ち解けていた。





どれほど真摯な言葉を尽くされても、その過酷

なる生い立ちが人を信じる事を許さなかった

ビーラー・フェルモリアその人だが。


カエリア王をはじめ西方諸国連合加盟国全てが

連署した誓約書を出されてしまっては堪らない。


信じる信じないの問題ではない、確固たる

物証付きの事実へと置き換わった事であらゆる

猜疑心は淘汰され、サイアスへの揺ぎ無き友誼

で上書きされたらしい。


生まれて初めて得た親友。


ビーラーのサイアスへの評価はそういうもの

であり、遂に知己を得た喜びを表現すべく

滑るように広場の中央へと勇み出て、情熱的

過ぎる創作ダンスを披露した。


フェルモリア王家の呪われた血の成せる業か、

総身で歓喜に酔いつつもそのキレそのセンスは

天才的で、見守る周囲もすっかり気分が高揚し。


またサイアスがこれに合わせて笛を構え、

即興に即興で応じて楽しげにピーヒャラと

やりだしたため、周囲は声を上げ喜びだした。


顛末に心動かされた事、また丁度祝宴へと移行

しつつあった事もあり、広間の方々では諸王が

給仕から酒食を引ったくりざぶざぶがぶがぶと

呑んで食っては出来上がり。


よっしゃ負けるかと踊り出す王らも出始め

後はカオス。どんちゃんな騒ぎと相成った。

そういう次第であった。





一旦打ち解けてしまえば後は易い。


酒も入ったしそもそも目出度い席なので、

広間に集う連合加盟国重鎮らはすっかり

居酒屋モードになって、それは仲良く

宜しくやり出した。


立役者であるサイアスの下へはひっきり無しに

人がやってきて、親しげに語りかけてきた。


まずはカエリア王。王は別途話があるからと

後ほどサイアスらの泊まる居館へ訪れる事を

約し、一足先に広間を辞した。


次にビーラー。踊り疲れたか一息入れ、

サイアスのところへやってきて酌をし出した。


恐縮しつつこれを受け注ぎ返すサイアス。

ふとビーラーの供周りが居ない事に気付いた。



「供の方はどうされました?」


「酒宴が苦手らしくてな。

 交替を申し出たので許可した」



ビーラーの後方では男性の武官が控えていた。


ビーラーが此度アウクシリウムへと随行した

供周りは数十名で彼女はそのうちの一人。

見目麗しいので式典向きだと場内に入れる

一人に抜擢された、との事だった。



「……あの方はご家中で長いのですか?」



とサイアス。



「いや? 此度が初だな。

 父の推挙、というか命令で随行した」


「……そうなのですか」



ビーラーが気付かぬ程仄かに

ほんの僅かに声を落とすサイアス。


ちらりと傍らのベオルクに目配せし、

ベオルクは目のみで頷き傍らを離れた。





「ハハ、命まで救われたか……」


全てを悟り、苦笑するビーラー。


推挙した大王の狙いかは判らぬ。そも

推挙された「当人」ではない可能性も。


とまれ一つ、確かな事は、ビーラーが

自失し無防備となったあの瞬間。


彼女はビーラーを狙っていたという事だ。

これまで多くの兄弟を手に掛けてきた。

狙われる心当たりなら山ほどあった。



「……私どもは何も。

 目に見えては何一つ

 起こってはおりませんよ」



数瞬奇妙なお見合いをした。

それだけだ。そもそもサイアスは

彼女の殺意にすら気が付かなかった。


以前ニティヤが言っていた。王族のような

大物狙いの暗殺では無垢なる者を使うのだと。


経歴や殺気で気付かれる事のないよう、

事前に人を殺した事のない者を使う。


また暗殺で隠すのは計画であって

行為自体は衆人環視でも問題ないと。


そして暗殺者自体は使い捨て。

生還しても口封じで殺されるのだ、と。



「いや、判ってるさ……

 別に初めての事じゃないしな」



乾いた笑いを見せるビーラー。

サイアスには何も言えなかった。

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