サイアスの千日物語 三十三日目 その二
書斎兼寝室に戻ったサイアスは、
まずは玻璃の珠時計で時間を確認した。
時間は8時少し前。何をするにも余裕のある時間だった。
ふと机の上を確認すると、冷菓は包みのみとなっていた。
寝起きに確認しなかったことが悔やまれたが、おそらくは
サイアスが睡眠中にやってきておそらくここで食し、
その後去っていったのではないかと思われた。
常人であれば不気味と感じてしかるべき状況に、
サイアスは特段気をとめることはなかった。
むしろ飼っている小動物がエサを食べたかどうか確認する
程度の気軽さで状況に対応していた。なぜならサイアスは
この謎の侵入者について、既に目星をつけていたからだ。
暗闇に同化し身を潜ませる能力。中の人に気取られることなく
ひそかに部屋へと侵入する技術。そしておそらくお菓子好き。
こうした特長を兼ね備えた人物は、城砦中を探してもそうは
いないだろう。これまでであれば真っ先にマナサの名が挙がったが、
マナサでないとなれば今一人の候補に絞って良い、と
サイアスは考えていた。その候補とは、
マナサの一族の娘で志願兵として、そして補充兵の一人として
城砦に来ているはずのニティヤその人だ。
サイアスは寝台に腰掛け、小物を準備しつつも前方に見える
歩いて入れる大きさの物置の扉を見つめていた。
居るとしたら、ここだろう。
サイアスはそう見当をつけていたが、開けて調べることはしなかった。
現時点で対面したところで、その後の対応に準備がなかったからだ。
少なくともサイアスや身近な人間を害する気はないようなので
当面は現状維持で良しとして、まずは情報を収集し
外堀を埋めていこうと考えた。
ニティヤについて。50名多い補充兵について。
そして傭兵団らしき一群について。訓練課程は残り最大で17日。
これを終えるまでにこれら全てに明確な回答を見出す必要がある。
サイアスは小さく頷き決意を新たにすると、書斎兼寝室を出た。
書斎兼寝室を出て応接室に入ったサイアスを、
腕組みしたふくれっつらのロイエが出迎えた。
「遅い! あんたどれだけ待たすのよ!」
まるで話が見えないが、ロイエだから仕方ない、と
サイアスは特に気にしないことにした。
「食事は?」
サイアスはロイエに尋ねた。
「まだよ! それよりあんた、どういうこと!?」
ロイエはサイアスに食って掛かった。
「何の事?」
「デネブのことよ! あんたまさかとは思うけど……
昨晩デネブと、その」
ロイエはややどもりつつ、
「で、デネブと一緒だったんじゃないでしょうねっ!?」
サイアスに指を突きつけ糾弾した。
「はぁ」
サイアスは訳がわからぬといった具合に声を出した。
「何が『はぁ』よ! はっきり答えなさいよ!」
ロイエはさらに問い詰めた。
サイアスは小さく溜息をつくと、
「当人の希望で、
デネブはこの部屋に住むことになった。この『応接室』にね。
あちらの部屋より良いそうな。何か問題があるの」
「ばっ、あるに決まってんじゃないの!
仮にも男女が同じ部屋、って…… ん? 応接室? 何それ」
「ん? 男女……?」
今度はサイアスが疑問の声をあげた。
「デネブって…… 女の子?」
「今更なに言ってんのよあんた……
どこからどうみたって女の子じゃない!」
「えー……」
どこからどうみても鎧だろう。「性別:鎧」でいいじゃないか、と
思いつつ、サイアスはデネブの方を見た。
デネブはそっぽを向いて鉄靴の爪先で床をグリグリしていた。
そしてサイアスに帳面を突きつけた。
(ひどい……!)
と帳面には書いてあった。サイアスは思わず頭を抱えた。
そしてデネブをなだめつつロイエに事情を説明し、
状況を収拾するのに全力を注ぐはめになった。
ようやく事態が落ち着いた頃には、既に9時をまわっていた。




