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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十五日目 その七

15と並外れた知力を持つサイアスの思索は

目まぐるしい速度でなされ、数瞬の後には

意識が実の状況へと立ち戻っていた。


セミラミスの語る城砦暦107年度の次なる

出来事とはやはり、サイアスの入砦であった。



「初夏のサイアス卿の入砦について我々は

 当初、感傷以上の如何なる想いも

 抱いてはいませんでした。


『城砦騎士』とは当人の強さそれのみへの評価。

 如何なる世俗の権能をも有さず世襲もない。

 ゆえに何よりも尊い武の極致です。


 サイアス卿にはライナスの所領を引き継ぐ

 ことはできても、城砦騎士としての武量は

 引き継ぐことができないのです。


 そして荒野は人より遥かに強大な異形の

 跳梁し跋扈する魔境。補充兵の大半は

 一年を待たず死ぬ過酷な地です。


 城砦騎士たる父の跡を継ぎ荒野へ至った

 彼の高貴な志とは裏腹に、待ち受ける

 運命は余りに重い。


 よって我々はこの美談に感傷を除く

 如何なる期待をも抱いてはいなかった。

 しかし実際はまるで予期し得ぬほどの

 武勲を挙げて数々の勝利に貢献しました」



はっきりと、一言で言ってしまえば

すぐに死ぬ。連合軍上層部としては

サイアスについてそう認知していた。


荒野の戦場とサイアスの容貌を思えば

この見立ては十中八九、いや九分九厘正解。

だが実際は残る一厘の方が現実と成っていた。


内実はともかくサイアスは、天下無双の武神

父ライナスの跡を、比類なき武勲により

見事に継いだのだった。





およそ非現実的なほどに困難な城砦騎士位の

継承を実際に成し得た要因としては、伯父

グラドゥスを始めとする騎士団関係者の

必要十分なる助力が大きい。


ライナスの義兄、サイアスの伯父たる

元城砦騎士グラドゥスが荒野の城砦へと赴く

甥に徹底して仕込んだのは、敵を討つ術では

なく敵の攻撃をかわす術だった。


荒野より生還してのけた彼は、己が生還に

最も役立った術である回避技能のみを徹底して

鍛え上げた。もとより非凡な知力と胆力を持つ

サイアスはこれを十二分以上に活かし切り、

かの大ヒル戦をも制するところと成ったのだ。


さらに振り返れば荒野の城砦へと赴く際、

ベオルクの手配により騎馬編成な輸送部隊に

同行できた事も大きかった。


ベオルクの意図は極力安全に、かつ迅速に

荒野を渡らせる事が目的だったが、実際は

精鋭らと共に初陣を経験させる事と成った。


仮に初陣でサイアスが恐怖判定に失敗し満足に

戦えなかったとしても、輸送車の積荷に徹して

いれば、無難に初陣を終えられただろう。


もっとも実際は入砦前の初陣で異形を討つ

大金星を挙げてのけ、天下に名立たる武人

カエリア王その人に認められ、後見を得る

にまで至ったのだった。


とまれ出だしからこれだ。


騎士団としても連合軍としてもサイアスには

期待を以て注視し、サイアスは期待以上の

成果戦果を上げ続けた。ここにおいて騎士団と

連合軍は従来の方針を変更したのだった。





「城砦騎士団はサイアス卿の非凡に過ぎる

 活躍を士気高揚と広報に活かす事を提案し、

 連合軍はこれを全面的に承認しました。


 そこで従来は直接語られる事のなかった

 荒野の戦の実態を、サイアス卿の活躍に限定

 して積極的に平原へと伝える事としたのです」



サイアスの活躍は一言で言えば荒唐無稽。

神話伝承の域としか思えぬものも多い。

ゆえに虚飾や誇張を抜きにしてそのまま

伝えても機密には障りない、そういう判断が。


また武神ライナスの死とサイアスの活躍を天秤

にかけて、後者が前者を凌駕するとの連合軍の

判断があり、連合加盟国から臨時緊急の支援を

引き出しつつ下落した士気の高揚を図る。

そういう策が実施されたのだった。





神話伝承サーガの一節の如きサイアス卿の活躍。

 そしてトーラナやビフレストの建造等

 連合軍や騎士団による自明の戦果。これを


『魔軍の脅威の排除遠からず。

 ゆえに平原乱世も遠からず』


 と判じた闇の勢力が表だって動きだした。

 それが昨今の状況だと我々はみています。


 実際戦況はこの上なく好転してはいます。

 ゆえに闇の勢力の一端が、実際に騎士団領

 ラインドルフを襲撃するに至ったのでしょう。

 

 かの一戦で確認された敵勢の装備は旧式

 ながらも極めて高品質。作戦能力の高さも

 実に秀でたものでした。


 また実働部隊には首謀者の組織に合力する

 他の組織の代表格が参加していた事も確認

 されています。


 この一戦により算定された、これまでは

 ひたすら雌伏に徹していた闇の勢力の現有

 する戦力の水準は、連合加盟国のそれを

 上回っています。


 引退した城砦騎士を筆頭に、名うての武人が

 いたからこそ、ラインドルフは事なきを得た。


 ですが連合加盟国の大半は連合の賦役ゆえに

 各個に格別の戦力を有してはおりません。


 そんな状況下で今後ラインドルフと同様の

 襲撃が起きた場合、平原東域における

 グウィディオンの乱の如き様相を呈する

 可能性は否定できません」



西方諸国連合加盟国間には不戦協定がある。

連合に加盟し賦役を充当する限りは治安に

用いる最低限のものを除き軍事力を有す

必要がない。


また軽からぬ賦役こそあるものの、それを

支払っている限りは周辺国を警戒する必要が

なく、ひたすら自国の復興に専念できる。


仮初とは言え安寧の約束された状況下では

とかく金の掛かる常備軍は賦役以上の負担だ。

連合への賦役は実のところ対外的な安全保障費

でもあった。ゆえに大半の西方諸国は常備軍を

持てぬだけでなく、持たぬ。そういう事だった。


よってそんな中、高度な戦術と装備を有し

士気も高い軍事組織が神出鬼没に局地戦を

繰り返せば、グウィディオンと私掠兵団の

成してきたた悪行をも上回る災厄を招く

可能性はある。そこで



「平原西方諸国連合に加盟する各国が

 連合に易からぬ賦役を提供し、これを

 全面的に支援する以上、連合には加盟国を

 あらゆる外敵から護る責務があります。


 ゆえに連合軍上層部と城砦騎士団は

 城砦騎士サイアス・ラインシュタット

 連合辺境伯を伯の所領にして騎士団領の

 東端、すなわち西方諸国の西端に隣接する

 ラインシュタットへと派遣。


 伯に連合大王位に相当する軍事的権能を与え

 暗躍する闇の勢力からの連合加盟国の防衛を。

 そして平原内に燻り燎原の火とも成りえる

『乱世の気配』の一掃を任じる。


 そういう次第と相成ったのです」

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