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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十五日目 その五

「この百年来。闇の勢力は連合軍と加盟国に

 対し、表立って抗う事はしてきませんでした」


セミラミスの声が議場に響く。


「圧倒的な力量差のある連合に真っ向抗い、

 疲弊し自ら再起の目を摘むよりは、雌伏し

 潜伏して体力を付けつついずれ訪れる『機』

 を待ち続ける。それが彼らの専らな方策です」


声音にはいささかの疲れを伴っているようだ。



そも闇の勢力は利に聡い。だからこそ、人より

遥かに強大な荒野の異形らとの、勝ち目にも

実入りにも乏しい戦への協力を拒んでいた。


その結果、いやむしろそれを口実として

連合軍に攻められ磨り潰されたのは、

彼らにとり甚だ遺憾ではあったろう。


だが、だからといって感情的になる、

そんな手合いでもなかったようだ。


もっと正確に記すならば、感情的にならず

雌伏に励んだ者らのみが、百年を経た今もなお

連合軍の目を盗みその勢力を維持し続けている。

そういうことだった。



「闇の勢力の待つ『機』とは、人魔の大戦が

 収束し平原の安寧が担保され、人同士での

 いさかいが盛んとなる『乱世の気配』です。


 ゆえに我ら連合軍は荒野での戦況を逐次

 報じるような事はせず、闇の勢力に気配を

 読ませぬよう努めてきました」



荒野の孤城で奮闘する城砦騎士団が上部組織

である西方諸国連合軍に対しその戦況戦果を

全て語り尽くさぬのと同様に、連合軍もまた

平原に対し報じる情報を絞っていたようだ。


無論人の心の奥底に巣食う魔軍への恐怖に

その鎌首をもたげさせぬがためでもある。

だが他にも理由はあったようだ。


その理由は騎士団と連合軍で微妙に異なる。

城砦騎士団は専ら軍事機密保持のため。

連合軍は平原内の闇の勢力に安寧の到来を

悟らせぬためだったとの事だ。





例えばサイアスは城砦騎士団内の領主であり

騎士団幹部の子であったが、自身が実際に

荒野へ至るまで、荒野の戦の実情について

ほぼ何も知らぬままだった。


たとえ騎士団領内であっても、荒野から

平原へと伝わるのは漠然とした戦果のみ。

少なくとも巷間ではそうだった。

もっともこれは多分に過去形であり、



「ですが今年、城砦暦107年は

 荒野においても平原においても

 余りにも動きがあり過ぎた。

 

 まずは初春。


 梟雄グウィディオンによる

 平原東部の要衝ロンデミオン襲撃。


 グウィディオンが闇の勢力に属していた

 ものかどうかは定かではありません。


 ですが、かの者と私掠兵団が平原東域に

 もたらした数年来の災禍は歴史的なものです。


 これにより東域の安定は大いに損なわれ、

 乱世到来の土壌が築かれたと見做されます」



セミラミスは淡々とそう語った。


トリクティアの東手、平原東域と呼ばれる

一帯を荒らしまわって数多の悲劇を生んだ

メロードのグウィディオン。


彼の背後にあったのは実のところ、

平原東域を不安定化させ己が膨張主義の

一助とせんと目論む、西方諸国連合加盟国中

超大国たる三大国家が一。


共和制トリクティアであったことは、

少なくとも連合国加盟国の諸王の間では

とうに公然の秘密となっていた。


結局グウィディオンは背後でこれを操るはずの

トリクティアの意向すら無視して暴れに暴れ、

遂には切り捨てられ当の雇い主を盟主とする

討伐軍に追われる事となった。


追われたグウィディオンは表舞台から姿を消し、

潜伏と逃亡の果てに在ろう事か荒野の城砦へ。


最終的にはかつて彼自身が滅ぼした亡国の姫、

ニティヤによって討ち取られたのだった。





巷間に流布するグウィディオンの顛末とは

概ねこうしたところだが、膨張主義の名の下に

グウィディオンに平原東域を荒らすよう命じた

トリクティア政府の要人――事が大きくなった

その時点で事跡ごと存在を抹消されている――

は、闇の勢力と繋がりがあったと見られている。


またグウィディオンが討伐軍の目を掻い潜って

東域より西域へと平原を横断してのけたこと。


そして騎士団領アウクシリムに至る頃には

栄誉あるトリクティア正規軍百人隊長の戸籍を

入手して、討伐軍の目を欺き荒野の中央城砦へと

辿り付けたのは、やはりトリクティア政府内部、

それも上層部に協力者が居たからだと

見られていた。


グウィディオン討伐が完了後、トリクティア

政府は連合軍に対し、そうした関係者は全て

「処理」したと通達しており、同時に連合や

騎士団の手を煩わせた代価として膨大な

人資の賦役を追納していた。


城砦騎士団がその北東域、大小の湿原の狭間に

支城ビフレストを建造出来たのは、この代価に

因るところが大でもあった。





「次に春。


 かの大魔『冷厳公フルーレティ』

 を討伐した当世きっての英雄。

 城砦騎士長ライナスの死。


 武神ライナスは古今無双の武人であると

 同時に、彼に続く多くの英雄を育てた

 比類なき将帥でもありました。


 彼の武名は人魔の大戦の戦局をすら

 左右する程のものであり、ゆえにこれを

 失った城砦騎士団と西方諸国連合軍の

 士気の低下もまた著しく。


 中央城砦への魔軍の一大侵攻である『宴』

 の到来遠からずとされるなか、ライナスと

 供に失った戦力の充当と士気の回復を

 迫られていました」



それまでの数度の顕現において、一時に千しか

揃わぬ英傑である城砦騎士団戦闘員を数千名も

屠ったとされる公爵級の魔。冷厳公と諡号しごう

されるフルーレティ。


そのフルーレティの再度の顕現が予測される中、

討伐を任として城砦騎士団長に就任したのが

現連合軍最高司令官セミラミス・アムネリス

その人であった。


そして皇家の末裔たるセミラミス自らが

フルーレティ討伐の切り札として膝を突き

頭を垂れて荒野へと召しだしたその人物こそ

皇家発祥の地イニティウムの州都防衛軍の長。


光の国の騎士の末裔とも言われる武門の英傑。

トリクティア正規軍千人隊長ライナスであった。


こうした顛末もまた連合国の諸王侯には周知だ。

ゆえにセミラミスのみならず、議場の貴人らの

視線は自然と一人の下へ集まった。


武神ライナスの子、サイアスへと。  

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