サイアスの千日物語 百六十五日目 その四
列席の諸王にとって重大な関心事であろう
合同作戦の戦果。そして蓋し最大の関心事
であろう賦役の減免についての追認が済んだ。
ここまでの話題は戦勝式典に相応しい慶事。
だが続く話題はというとそうでもなかった。
もっとも祝賀の席で軍議をぶつわけにもいかぬ。
あくまで当たり障りなく。そういう体で
さらりと語られるも、諸王には到底聞き流せぬ
一大事。それは昨今の「闇の勢力」の台頭に
関してであった。
闇の勢力。
西方諸国連合にとりそれは、裏社会や地下組織
といった反社会、非合法な結社集団を専ら指す
曖昧で漠然とした呼称ではない。
確かに闇の勢力に属する多くはその体力維持や
勢力伸張の手段として、反社会的で非合法な
やり口を厭わぬところがあった。
だがそれはあくまで手段であって目的では
なかったし、個人単位では大国の中枢に浸透し
一見至極真っ当に仕えている事すらあるという。
闇の勢力。
西方諸国連合にとりそれは、かつて自身らが
人の世の存亡を大義名分に掲げ攻め滅ぼして
きた、連合に非加盟或いは非協力的であった
諸国家の亡霊の事であった。
荒野より魔とその軍勢が大挙溢れ出て、平原の
西端2割に栄えていた当時先進の「水の文明圏」
を死滅させ、直接的には手を下さずともこれに
依存しきっていた諸国のインフラ崩壊により
飢饉や疫病等を誘発。
総じて平原全土8億の人を2億程にまで激減
せしめ文明水準を原始レベルに失楽させて
平原に住まう人という種の心奥に二度と消えぬ
恐怖を刻印した、「血の宴」。
この未曾有の災厄を経て始まった
「暗黒時代」の最初期において。
さんざ人を喰らい尽くした魔軍の主力が荒野へと
引き上げたその後も平原西端に居座り、辛くも
生き残った西方諸国の人々を脅かす異形らを
討つべく、西方諸国連合が結盟された。
軍勢としてではなく単独または小集団で平原に
居残る異形らは、少数といえどいかなる人より
遥かに強大であり、人の心奥に刻印された
恐怖もまた根深く。
百に満たぬ魔軍の残存戦力たる異形らを
殲滅し或いは追い落とすのに要したのは、
万単位の戦死者と1年近い時間であった。
魔の統率を外れたはぐれ者らですら
これほどまでに常軌を逸して強大なのだ。
人智の外なる常軌を逸した異形の軍勢、
すなわち魔軍による血の宴の再来を防ぐには、
人の側にも常軌を逸した戦力が要る。
常軌を逸した戦力を得るには
常軌を逸した国力が要る。
無いなら早急に作るしかない。
ゆえにまずは西方諸国連合加盟国中、先の
魔軍による侵攻範囲から明確に外である
平原中央部の三国家へと、あらゆる人資と
権能を集中し膨張主義の権化とせしめ、
平原中央や東域に散在する諸国家を攻め
併呑していった、そういう歴史があった。
平原の人の世を護るための必要悪。
理屈としてはそういう事だが、それで
滅ぼされた側が納得するなら、そもそも
連合への支援を惜しんだりはしていない。
また滅ぼされた国家の中には、なけなしの
支援を申し出るも、膨張する三大国家にとり
地勢上の理由でいきおい滅ぼされた国もあった。
とまれそうした亡国の支配者層が三大国家
への帰属を拒み、下野し地に潜み雌伏して、
虎視眈々と再起の時を窺っていたのだった。
そうした亡国の亡霊たちは例えば賊徒と成り
例えば秘密結社と成って現行する国家の影に
息吹き、勢力維持と伸張のために率先して
悪事に手を染めていた。
今夏騎士団領ラインドルフを襲った翼手教団
などもそうした一つだ。元来宗教国家として
神の威光を振りかざし奢侈に耽っていた教祖
かつ国主たる翼手教団の幹部ら。
彼らは神の威光がまさに必要となった血の宴と
これに続く大災厄に際し、ひたすら保身に走り
威光も示さず誰も救わなかった。
結果信者が一気に離れ権勢は衰えるも、莫大な
富と国土は残っていた。それを連合や三大国家
に召し上げられたわけだ。
百万の軍勢を号し荒野の異形との戦に臨む
退魔の楔作戦のその影で、大義名分の名の下に
攻め滅ぼされた数多の国家たち。闇の勢力とは
国土と民、すなわち国体を失った亡国の諸王ら
の成れの果てであった。
西方諸国連合軍中、最も膨張主義に専心し
今なおこれを唱え周囲の反感を買う事多き
平原中枢の大国、トリクティア。
最も多くの国を責め滅ぼして併呑し、その分
最も多くの亡霊を生み恨みを買った、この
トリクティアという国は、かつて平原の覇者
として一時代を築いたとされる、伝承上の国家
「光の王国」の荘園から興ったと言われ、
同国の後継者を自認してもいた。
そのため帝政トリクティアは初め光の国を。
その擁する軍勢は光の軍勢を名乗っており、
闇の王国を滅ぼして興ったとされる光の王国
の伝承をなぞる形で、自らの敵を「闇」とした。
そういう経緯で「闇の勢力」が誕生した。
彼らは消える事のないどす黒い憤怒を狡猾な
までに丁寧に覆い隠し、現行国家や文明圏の
影に日向に立ち回って力を蓄え、再起の時を
待っている。
西方諸国連合なる存在そのものの闇。
それが台頭の気配を見せている。
元トリクティア元老院首席にして
帝政トリクティア皇家の出でもある
現西方諸国連合大公位。
そして先代城砦騎士団長。
セミラミス・アムネリスの語るその言は
議場を果て無き暗雲で包むかのようだった。




