表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1272/1317

サイアスの千日物語 百六十五日目 その二

西方諸国連合には、三大国家を除けば

30ほどの諸国家が加盟している。


このうち大半が連合の規定する「国」の

要件である人口1万ぎりぎりの都市国家だ。

中には7、8千程度の規模のものも在った。


諸国家中最大は北東部のフラクトリア王国。

十数万の人口とそれ以上の畜獣を有する

酪農国で、連合爵位は伯爵であった。


次いでウェスタリアとイラストリアの両王国。

いずれも人口数万を有する規定通りの国家だ。

もっとも騎士団領最大の街アウクシリウムと

総人口が大差ない。飽く迄西方諸国の中では

大国、そういう位置付けだ。


これら2国は共に連合子爵位を有している。

これらいわゆる「3リア」が西方諸国中では

最上位に在った。



西方諸国連合加盟国としての城砦騎士団領は

先ごろまで軍権を除けばフラクトリアと同位。


そして先の戦勝を経てクラニール・ブークが

連合公爵位に進んだ事により一歩抜きんでて

三大国家に次ぐ上座へと移行した。


騎士団領の国土の大半は200年近く以前の

血の宴の傷跡をそのままに残す廃墟だが、

西域最大の都市アウクシリウムや平原最西端の

軍事拠点トーラナ。さらにブークブルグや

マグナラウタスガルドといった万から数万規模の

生活圏や拠点を有するため、交流人口では

フラクトリアの十数万に近い。


サイアス自身の所領である城砦騎士団領

ラインシュタットは未だ人口1000台と

ぎりぎり「町」な代物だが、此度は騎士団領

全体の代表として、この式典に参画している。


連合爵位も辺境伯とフラクトリアと比して

遜色なきものなため、名実ともに三大国家に

次ぐ席次を享受する事となっていたのだった。





議場に入れるのは各国家2名ずつだ。

平素連合軍の会議や式典には城砦騎士団長

チェルニーか第三戦隊長ブークが出席するのが

専らで、場合によりベオルクやローディスら

戦隊長級が護衛を兼ねて随行した。


此度はサイアスがチェルニーやブークの代役で、

これに常通りベオルクが護衛として付く格好だ。


いつか自身の上官と成ったサイアスに仕えたい。

そう願っているベオルクにとり、曲りなりにも

それが成就した格好であるため、ベオルクは

頗る機嫌が良かった。


もっともうっかりサイアスに近寄る者あらば

誰であれ問答無用で斬り捨てる気だ。物騒な

事この上ない。


当議場で初対面したフェルモリア大王国の

第一王子ビーラーなどは、随分陽気を装って

――その目は欠片も笑ってはいなかった――

サイアスに歩み寄り大きく振り下ろすような

仕草で派手に握手を求めようとして、



早速ベオルクに斬られかけた。



本式典におけるビーラーの供として

トーラナより出張ってきた鉄騎衆長官。


実はデキる男アレケンが危地を察し、機転を

利かせて得意のサンバで割って入ったため

何とか事なきを得た。


だがいきなり訪れた平原動乱の未曾有の

危機に西方諸国の元首らは大いに肝を冷やし

神妙に耽る余裕すらなくなってしまった。


式典を主催する連合軍最高司令官であり

前城砦騎士団長であるセミラミスは、結果

として王侯らの妙な緊張がほぐれたために、

むしろベオルクを称賛する風だ。


彼女はつくづく徹底した結果主義者であった。





もっとも議場の最上位であり主役な存在。

華麗な第一印象を与え損ね、あまつさえ

魔剣の餌にされかけたビーラーとしては、

勿論まったく面白い話ではない。


そもそもビーラーとベオルクの間には、

元々何某かの確執があるようだった。


詳しく問い質してみたい気もするが今は式典だ。

サイアスは憮然たるビーラーにお騒がせをと

一礼してベオルクを引っ張り席につき、

後は諸々綺麗さっぱり忘れる事とした。



「君がサイアスか。随分若いな。

 私も君くらいの年頃に宮廷の

 権謀術数の坩堝るつぼに放り込まれたな。

 命はもっと以前から狙われていたがね」



式典開始直後、話の流れを折るようにして、

最前列の最右翼からビーラーがサイアスへと

皮肉めいた声を投げてきた。


時宜はともかく内容は一見何ら当たり障りの

ないただの世間話にも見える。が、勿論それ

以上の重大な意図が隠されていた。


連合大王位たるフェルモリアは議場の一番の

上座を占める。ついでカエリアとトリクティア。

その次が城砦騎士団領であり、この四カ国の

代表各2名が議場の最前列に位置していた。


間にカエリア王やトリクティアの前執政官を

挟んでの頭ごなしの会話ゆえ、少なくとも

サイアスがこれを真似して返答すれば

両者に対し僭越せんえつとなる。


また余計な私語を挟む事は式典を主催する

連合大公位セミラミスへも当然に非礼だ。


無論応答せねばそれもまた僭越。式典の最中

他者の頭ごなしに私語して何ら咎められぬのは、

連合加盟国中最上位に座すビーラーのみなのだ。


要はビーラーによる先の件の意趣返しであり、

これをサイアスがどう切り抜けるものか、

お手並み拝見という感もあった。


主催し司会するセミラミスや後方に座す

西方諸国の元首らも、サイアスがどう返す

ものか興味深げに見守る風だった。





「上座におわします大国の方々並びに

 連合軍最高司令官閣下をはじめ、

 多くの方に対し誠に僭越ながらも

 この度は返答させていただきます。


 私どもは異形の巣食う荒野の只中で

 平原の人の世の理を外れて日々戦いに

 明け暮れております。


 常に食うか食われるかの死地にては

 聞くも語るも常に生死しょうじを賭けるもの。

 そうした言葉しか魂に響きませぬ。


 繊細な機微を迂遠にやり取りし壮大な

 織物を編むが如き平原流の会話の流儀

 にはとんと慣れておりませぬゆえ、

 是非ともご容赦願います」



取り立ててビーラを見やる事なく。

議場全体へ向け語るようにして。

平素のツンとしたお澄まし振りで

サイアスはそう語った。


その声音には圧倒的な魔力が籠っている。

抵抗できぬ者はただ聞くだけで魂が蕩け

魅了されそうな魔性の声音だ。


『そうした言葉しか響かぬ』、との言にある

『そうした』、を証明するかの如ききらいも

あり、ビーラーの声音とは明確に、よくも

悪くも次元の異なるものだった。



ついでに言えば内容は不遜そのものだ。



言葉遊びの脅しなぞ通じぬ。

文句があるなら命懸けで来い。



要はそういう意味であり、ベオルクと同種の

無茶振りではあった。が、そこがまったく気に

ならぬほど、声自体が魔性の魅惑に満ちていた。





ちょいと軽く意地悪したら、鼻で笑って

返された感なビーラーを筆頭として。

諸王がまずもって感じたのは、

この声はヤバい。そういう事だ。


プライドと話術で飯を食っている諸王には

この声のヤバさが骨身に染みて判っていた。


この声は民衆を導き或いは扇動する、いや

それを数層倍したカリスマに満ちている。


迂闊に喋らせると本来魅了する側な王らですら

瞬く間に魅了され、あらぬ方向へと話を持って

いかれてしまう。


軽い気持ちで関わるには、物理的にも

精神的にも危険に過ぎる。そういう事だった。



連合軍の式典に城砦騎士団の騎士級が参画

するのは、別段これが初めてではない。


中には剣聖ローディスのように泰然としつつも

圧倒的な剣気で相手を失神に追い込む出鱈目

な例もあった。


だが総じてそれらは武張った方向の桁違い。

気をしっかりと持ち礼を失さず構えていれば

取り立てて問題のないものなのだ。


一方ビーラーがちょっかいをかけてみた、

どうみても美姫にしか見えぬ若き辺境伯は

まったく別の方向に桁違い過ぎた。


一言で言えば彼ら平原の諸王がイメージする

荒野に在りて世を統べる「魔」なる存在に

酷似している。そう感じられた。


実際飛びきりの魔にぞっこん惚れこまれて

いるらしいし、これは障らぬ神に何とやら。

少なくとも敵に回すとろくな事に成らぬ。


そう考えたらしきビーラーは



「流石は天下の城砦騎士。

 うむ、実に見事なものだ」



と皮肉に苦笑して押し黙った。


議場の西方諸国の元首らは、色んな

意味でほっと安堵するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ