サイアスの千日物語 百六十五日目
俯瞰すれば真円をしたアウクシリウムの中心
には、東西南北に4分割された市街の全てを
取り仕切る庁舎の類が立ち並んでいる。
そのうち最も北東に建つ、最も大きく最も
古めかしい城館群が、西方諸国連合の本部だ。
実のところこの施設は先日サイアスらが訪れた
北東市街の西方諸国連合軍本部と同じものだ。
単に入り口が異なるというだけであった。
魔軍の脅威に抗すべく結成された原義から
言って、西方諸国連合とは軍事組織。それで
間違いはないのだが、血の宴で衰退しきった
連合諸国は、大半が常備軍すら有さない。
そもそも荒野の異形らと渡り合える者など
ひと時に千も揃わぬのがこれまでの状況だった。
さらに連合諸国間には不戦協定が結ばれている。
そうした状況もあいまって、魔軍との実の戦に
関してはほぼ三大国家の出す駐留騎士団と
城砦騎士団とに丸投げしてある状態だった。
ゆえに諸国の王らは連合本部へは南から。
一般に開放されている南市街の大路を抜けて
政庁側から入る事となる。これは彼らにとって
戦は常に政であるという事実を暗喩してもいた。
正午。西方諸国連合本部本館の議場では
色とりどりに着飾った数十名が座していた。
いずれも西方諸国連合加盟国の元首らで、
それぞれ供を1名連れていた。供は1名と
定められていた。議場の規模のゆえではない。
国家元首が一同に会する現場だ。まずもって警戒
すべきは暗殺であり、警護と警戒の対象は少ない
に越したことはない。よって議場には質疑応答を
助す1名に限り、伴う事を許されていた。
議場や城館の外は連合軍の兵らが警備する。
物々しい状況下で戦勝式典はおこなわれた。
未曾有の大戦果を祝う式典との名目とは裏腹に
議場に集う王侯らの表情はかなり引き締まった
ものとなっていた。総じて理由は三つある。
一つは今更感。
単なる戦果についてなら、荒野東域の南往路を
巨大な防壁で物理的に遮断する先の合同作戦が
成功したその折に、さんざどんちゃんと
祝い尽くしていたからだ。
特にその後の浮かれぶりを衝かれ、うっかり
罠に掛かった記憶が蘇る者らも少なからず。
まだそう日が経ってはいないので懲りている。
いきおい神妙にもなろうというものだ。
いま一つは存在感。
騎士団領西端に軍事拠点トーラナが出来て以降、
アウクシリウムは軍事拠点としての性格を薄め
つつあった。
三大国家の擁する駐留騎士団の拠点も荒野に
より近いトーラナへと移動し、アウクシリウム
は物資集積と軍政及び連合関係者のための
娯楽拠点へと変容しつつあった。
東西に長い楕円をした平原を東西方向に
10分割した場合、西から3番目の一画に
群する西方諸国にとり、西隣な4番目以降
8番目付近までを占める平原中央の三大国家
とは、ものっそい気前が良い反面ものっそい
おっかないスポンサーの類でもあったのだ。
西方諸国すべてひっくるめても人口は数百万。
一方三大国家は一国で億近い。国力の差が
あまりにあり過ぎ睨まれたら最期。
萎縮せずにはおれぬのだ。
三大国家がトーラナを中心に動くようになって
以降はそうした重圧から開放され、随分羽を
伸ばせるようになっていたのだが、此度は
ただでさえ恐ろしい超大国の代表が3名も。
蓋し大蛇に睨まれた殿様蛙の群れだった。
そうはいっても、血の宴の文明崩壊を経ても
なお、まがりなりにも国体を維持し強かに
命脈を保ち続けた海千山千の首長らだ。
神妙にみえてふてぶてしく怯えたようでいて
我は通す、そういう強かさに長けている。
そんな彼らがかくも重々しい空気でいるのは
彼らもまた、「戦後」に向けて蠢動する
「気配」を本能的に嗅ぎ取っていたからだ。
それが三つ目の、そして最大の理由だった。
人界を遥か離れた荒野の只中ですら察し得る
ほどの不穏の気配を、当の平原に暮らす彼らが
気付かぬはずもなく、より身に詰まされる形で
ひしひしと、まざまざと感知し己が去就を
明らかにする事を求められていたのだ。
もっともその気配とは城砦騎士団が注視し
警戒する闇の勢力の暗躍とはまた異なった、
在る種もっと直截なものであった。
荒野の魔軍の脅威が遠のき、人魔の大戦が
騎士団領内で完結する局地戦へと堕したなら。
平原中枢の三大国家にとり、西方諸国の
現有する緩衝域や人身御供としての価値は
大きく減衰することとなる。
そうなれば西方諸国を魔軍との緩衝域と見做す
三大国家が連合に加盟し続ける理由がなくなる。
加盟国でなくなれば不戦協定は成立しない。
最大国家はいつでも西方諸国を踏みしだける
ようになるわけだ。
魔軍の侵攻に抗すべく存在する西方諸国連合の
加盟国に課す賦役は確かに重く明らかに苦しい。
魔軍の脅威なぞないほうがいいに決まっている。
だがなくなると味方であった三大国家が魔軍に
とって代わる可能性がある。彼らはそれを
最大限に危惧していたのだった。
現行文明以前よりひたすら戦を繰り返す
東方諸国をみるまでもなく、闘争は人の、
いや生物の本質に根付いた業だ。
種の存亡に関わる外敵があるから結束している。
が、それがなくなれば本来の性分が首をもたげ
再び平原内での人同士の戦が勃発しかねぬ。
そう考える王侯らはけして少なくなかった。
彼らは魔軍の脅威をけして舐めてかかっている
わけではない。わけではないが、苦しいが
凌げなくはない賦役と国家存立の危機では
どちらがより一層深刻か。
荒野の戦を直接知らず、戦を常に政と見做す
彼らの懊悩とは、そういうものだった。
ゆえに連合軍よりの最新の情報。
すなわちサイアスら帰境の一行の戦闘報告に
おいて、従来魔軍の平原侵攻にとり絶対的な
障壁と見做されていた大湿原そのものから
魔軍が平原側へ進軍しようとしていた件。
これは西方諸国連合国の王侯らにとり
驚天動地の一大事ながらも、どこか
ほっとさせ得るものだったのだ。
魔軍の脅威未だ衰えず。
むしろ一層の危険あり。
であれば三大国家が軽々に現況を切り上げる
ことはあるまい。そういう算段が成立するのだ。
無論痛し痒し。苦々しい事この上なくはあった。
概ねこうした三つの理由によって、議場に集う
西方諸国の元首らとしては、少なくとも
手放しで祝賀に浮かれる雰囲気ではなかった。
むしろ「今後」の処し方を模索する怜悧な眼差し
を鷹揚な挙措に包み隠そうとして隠しきれず、
さながら平原内に充満する不穏の気配そのもの
の如く、どこかちぐはぐな風情であった。




