表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1270/1317

サイアスの千日物語 百六十四日目 その七

武辺話をせがまれて満更でもない

ベオルクと別れ、デレクとサイアスは

城砦の子らのための施設を後にした。


大路を下って南へ進むと、元鉄騎兵衆な

サーティノックズの5名が何やらプラプラ

しているのに出くわし、とりあえず合流した。



駐留騎士団員から城砦騎士団員へ移籍と

相成った彼らには、一旦身辺整理のために

国許たるフェルモリア大王国へと帰還

する事が許されていた。


だが彼らは駐留騎士団の一員として荒野の

城砦へと赴任する事が決まった時点で

既に諸々の決着を済ませていたとのこと。

今更戻っても気まずいだけだと笑っていた。


5名は皆20代後半から30代半ばで

小隊長だった人物のみ妻子ある身だった。

ゆえに彼だけでもと一時帰国を勧めたもの

だが、頑として聞く耳を持たなかった。



人智の外なる世界、荒野を知り、余りに

濃密な超常との戦を経験した者にとり、

平穏の人の世たる平原での暮らしは

色褪せて見える事も多い。


そうした者は機密保持を狙う騎士団側の意向に

関わらず、騎士団領から出て平原の祖国へと

戻る事を望まなくなるようだ。


死闘の末に特別休暇を得てアウクシリウムへと

帰境した猛者らも、七日程度の休暇が終わる

頃には気持ちが荒野へと。異形との全身全霊を

賭けた刹那の連続へ舞い戻ってしまうのだとか。



「ハハ、お前らも

『荒野に魅入られた』か」



と苦笑するデレク。


秀でた武人ほど己が武量を燃やし尽くせる

強敵を求めて荒野の夜に恋焦がれる。

そんな傾向もあるようだ。





超弩級の大物たるドカテリヤとの死闘の最中

超常の戦士へと覚醒した彼ら5名もまた、先の

死闘で得た強さへの手ごたえをさらなる戦闘で

試したくて仕方ないようだ。もっとも



「そーいうヤツは早死にする。

 ほんと、呆気ないくらいになー」



そも異形らの戦闘目的は捕食であり、

対異形戦は常に食うか食われるかだ。


荒野の死地で8年以上生き抜いて

無数の戦友の死を目の当たりにしてきた

デレクの言は、口調は軽くともどこまでも重い。


自身の配下となった連中だ、出来れば長く

五体満足で生かしてやりたいのが本音らしい。



「先に荒野あっちに戻るなら、インプやレガに

 色々聞くと良い。うまく回してくれるだろ。

 見た目はアレだが面倒見は良いからなー


 四戦隊ウチはお調子モン揃いだが

 技量と判断力は超一流だ。つまり

 お前らにも超一流になってもらう」



サーティノックズをちらりと眺め、馬術は

まず良し、回避も悪くない。だがそれ以外は

猛特訓だなぁと内心分析してデレクは笑った。


「はぁ……」


生返事をしつつも急に休暇を延長

したくなったサーティノックズ。


「超一流のお調子者になれと」


小さく肩を竦めるサイアス。


サーティノックズを眺め、そういえば

自称イケメンズそっくりだ、などと

インプレッサやレガシィが聞けば

鼻もちならざる感想を抱いた。


「あぁ、それなら何とか……」


と相槌を打つサーティノックズ。


ドカテリヤとの一戦で色々弾けてしまい

己を解き放つ事を覚えた彼らとしては

そっちはまだ見込みを感じていた。



「自分もお調子者の一人だっていう

 自覚があるのかねーコイツは」


「私が? 御冗談を」

 


片眉を上げるデレクにサイアスは失笑した。


城砦騎士団の偉い人には内省機能が付いて

いないとよく言われる。まさにその通りな

感じのサイアスではあった。





お姫様とそのお付きにしか見えない一行は

だらだらと駄弁りつつ揃って大路を南下。


途中立ち寄った店で買い食いをしたり

服飾店に寄ったりしつつ南北の市街地を

隔てる壁際にまでやってきた。


「ここらでバラけるか。

 んじゃ晩飯でなー」


デレクは背中越しに手を振って隔壁の門を

くぐり、早速どこぞへと雲隠れした。


「我々はこのまま北市街を散策しております」


とサーティノックズ。


北市街は城砦騎士団員専用だ。

そのため滞在や利用は無料だが、

南市街では何をするにも金が掛かる。


騎士団員の証である認識票や戦績は

中央城砦でのみ発行されるものなので、

一旦南市街へ出てしまうと彼らのみで北へと

戻ってくる事ができなくなる可能性もあった。


無論サイアスにひっついていけばそういう

問題は発生しないだろうが、当のサイアスは

デレク同様、暫く一人になりたいようだった。


「気を遣わせたかな。

 ありがとう。ではまた夜に」


サイアスは5名に小さく笑んで会釈すると、

隔壁の門を守る衛兵が敬礼で見守る中

南市街へと歩みだした。





平原と荒野では太陽の運行速度すら異なって

いるのだろうか。それとも平穏に慣れぬ身が

時の流れを錯覚しているのだろうか。


昼食後随分な時間を費やしたつもりになって

いたサイアスは、未だ太陽が紅を纏っていない

事に小首を傾げ、玻璃の珠時計を取りだした。


時刻は午後4時半。荒野であれば今時分は

既に暮れなずみだしているはずだ。


荒野の中央城砦から騎士団領アウクシリウム

までは、歩き詰めで二日分程の距離がある。


十二分に遠い。遠いのだが、それは

果たして時差を起こすほどだろうか。


俗に秋の日はつるべ落としという。

単に夕刻である時間が短いがために

感じている違和感なのかも知れない。


だがサイアスはここに荒野と平原との

違いを明かす何某かの鍵があるような、

そんな気がして思索に耽り、歩いた。





磨きあげた彫像の如き乳白色の肌。

この上無く美しい白金色の髪。

そして淡い瑠璃色をした瞳。


そして荒野の死地で百戦を制し得た

形容しがたい圧倒的なオーラ。


生ける宝石とでもいうべきサイアスは

隠密行動には欠片も向いてはいなかった。


そも昨日日中に派手な凱旋パレードを

おこなったばかりだ。順路であった市街地に

ふらりと現れるなぞ大パニックの元だ。


よってサイアスが一人で安全に市街をブラつく

には変装する必要があり、城砦の子らの施設で

物陰から自身を見守る子らを見て、彼ら同様の

ローブ姿がよさそうだと目星を付けてもいた。


そこでデレクらとフラつく最中服飾店に

立ち寄って、城砦の子らが用いるのと同じ

ローブを購入。


頭部や四肢の変容を隠すためのローブだが、

それでも普通に羽織ったのではオーラで

案外あっさりバレそうだ。


そこでことさら大き目のものを二重に羽織って

フードも目深。身内でもそう簡単には判らぬ

だろうところにまでもってきた。


それでも隔壁の門衛には一発でバレており

軽く額を抑え気味であったが、まぁ対策

しないよりマシだと思うしかあるまい。


然様な心持でサイアスは南市街を歩いた。





――丁度あの時も、今くらいの時間帯だった。



まずははじめて荒野を目指したあの時

駐留騎士団の詰め所で教えられた上宿へ。


そこから目抜きの大路へと。

南市街の中枢の政庁まで

ずらりと出そろうバザーへと。


そうしてほどなく脇道へ。

一目で周囲と雰囲気が異なる

とある店を目指していた。


半年前の事だが記憶は確かだ。

道も精確になぞっている。

だが幾ら進んでもあの店がない。


サイアスは路地を二度三度と右往し左往

したが、まるで行き当たる気配がなかった。


やがて遅まきに感じる夕刻が訪れ、

黄昏のほの暗さが辺りを包んだ。


これで状況が変わるやもしれぬと、

サイアスはさらにあの店を探した。

だがついぞ見つかる事はなかった。



『生き残りなさい、サイアス。

 また会いに来なさいな』



ヴェールを外し、素顔を明かしたメディナは

あどけなさの残る絶世の美貌に慈母の気配を

宿してそう言った。


接して感じた存在感、ルジヌの語った伝承。

人智の外なる荒野の地で神魔とすら邂逅した

今のサイアスにははっきりと判る。


彼女もまた神魔の類だ。

それは間違いない。


だが、それがどうしたとも思う。


サイアスにとり、メディナは己が行く末を

寿ことほいでくれた恩人以外の何者でもなかった。


だからせめて一目会い、

一言御礼が言いたかった。


また会いに来いといってくれていた。

そうする事が恩義に報いる事にもなろう。

そうサイアスは思っていたのだが。



――まだその時ではない、そういう事かな。



既に日は暮れている。

早々に戻らねば騒ぎになる。


サイアスは北市街へと戻る事とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ