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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目

意識の片隅に聞こえてくるトントン、という規則正しい連続音に

サイアスは徐々に気付き始めた。ややあって、呼ばれていると理解した

サイアスは寝ぼけたままふらふらと起き上がって扉へと向かい、

開けると扉の向こうで待っていたデネブが帳面を差し出した。


(来客です)


帳面にはそう書かれていた。

サイアスはうー、と呻きつつそのまま洗面所へと向かい、

顔を洗うと一旦部屋へ戻ってガンビスンを羽織り、居室の扉へと向かった。


「おはよう御座います! 資材部の者です。

 ご注文の品お届けにあがりました!」


扉を開けると、見知らぬ女性がやけにはきはきとそう告げた。

ようやく意識が鮮明になってきたサイアスは、自身が昨夜

氷箱を注文したのだと思い出した。


「ありがとうございます。どうぞお入りください」


サイアスは女性と背後に控える2名を居室に招きいれた。

ふと通路を見ると、数名の兵士が興味深げに様子を伺っており、

サイアスはとりあえず会釈しておいた。


「失礼します、御注文の品、こちらになります!」


女性に促され、背後の2名が押す台車を見やったサイアスは、

「御注文の品」を目の当たりにして一気に目が覚めた。

女性を見やると胸を張ってドヤ顔をしていた。


それは、胸の高さ辺りまでの大きさの、小振りな箪笥のような

木製の家具だった。底部4隅にはそれぞれ脚が付いており、

いずれの脚も優美な曲線を描いて内側へ、

そして外側へとくるりと巻いた、猫の肢に似た姿をしていた。

艶やかに磨き上げられた箪笥の部分も

上部は曲線を描いて浅くアーチ状に盛り上がり、

両脇には猫の耳らしき飾りまであった。家具の表面には

随所に縁取りが施され、蔦や葉の彫刻まで刻まれていた。


家具の正面は上下二枚の扉を持ち、上側の横長の長方形をした

扉には中央城砦の紋章である城砦俯瞰図が刻まれていた。

さらに、その下にある同じ幅の大きな扉の中央には、

どこで調べたものか、ラインドルフの紋章が刻み込まれていた。


「なんと美事な……」


サイアスは思わず呟いた。サイアスが想像していた氷箱は、

上蓋の付いた単なる木箱であったからだ。

少なくとも昨夜台車に乗せてあった素材では、

これを作ることは不可能だと断定できた。


「資材部の総力を結集しました!!」


女性は誇らしげにそう告げ、台車を持つ2名までドヤ顔をし出した。

女性は部屋を見渡してソファー脇の食品庫に目を付けると、

2名を促してその脇の位置へとこの最高品質の氷箱を設置した。


「それでは使用方法の説明をさせて頂きます。

 まず、上部の扉の内側が、氷塊の収納場所になっております。

 こちらに切り出した氷をそのまま収納してください」


女性はそう言って上部の扉を開け、

内側から引き出しを取り出して見せた。


「当家具は金属や繊維、焼き固めたコルク等で

 構成される中空を持った二重の内壁を備えており、

 外部との熱のやりとりを極限まで抑えつつ、内部の空気を

 循環させるよう設計されております」


「冷気には下方へ落ちる性質があります。

 それゆえこちらに納めた氷塊の発した冷気が

 下の収納部へと流れ落ち、収納した食品を冷却し、

 押し上げられた空気は上部の氷塊によって冷やされ、

 さらに冷気となって落ちる効率的な構造です」


「上部の氷塊は概ね10日は保ちますが

 徐々に解けて水となります。そのため発生した水を

 底部に設置された目盛り付きの貯水槽へと送ることで、

 氷の残量を確かめる機能を搭載しております」


「下部の収納部には概ね酒樽二つ分の容量があります。

 食品の保存は10日未満を目安にお考えください。

 それでは説明の方は以上になります。

 何かご質問等ございますでしょうか」


女性は軍師顔負けの流暢さで説明し終えると、

サイアスの方を見やり、返答を待った。


「想像を遥かに超えた出来栄えに感服しました」


サイアスはそう言うと拍手した。脇で見ていたデネブと、

いつの間にやら部屋にいたロイエもそれに倣った。


「ありがとう御座います! 

 それでは今後とも、何なりとご用命ください!!」


そう告げると資材部の3名はサイアスに敬礼し、

にこやかに台車とともに去っていった。



通路から中の様子を窺っていた兵士たちも去り、

やがて部屋にはサイアスとデネブ、そしてロイエが残された。

ロイエは驚嘆して氷箱、というよりむしろ冷蔵箱を眺め、

眺めつつも卓に置かれた冷菓の包みにそろりそろりと

手を伸ばした。サイアスはその手をペシリと叩き、

冷菓を取り上げてデネブを見た。デネブは首を振っていた。


「おはよう、は?」


サイアスは冷菓を摘み持ち、ロイエに言った。


「うっ、おはよう……」


「お邪魔します、は?」


サイアスは特に頓着してはいなかったものの、

面白そうなので付け足した。


「お、おじゃまします……」


ロイエは悔しそうにぼそぼそと答えた。


「はい、よくできました」


サイアスはそう言うとロイエに冷菓を手渡した。


「やったー! どれどれ……

 むふ、にゃにこれ、にゃにこれぇー!」


ロイエは冷菓の美味に呂律が怪しくなるほど感動し、

舌鼓を打ちつつ狂喜乱舞していた。

デネブはロイエを眺め、小手を口元にやり

身体を揺すっていた。どうやら笑っているらしかった。

サイアスは肩を竦め、身支度のため書斎兼寝室へと戻っていった。

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