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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十四日目 その六

真円をしたアウクシリウムの北東、

1時半の方角には大きな敷地がある。


1オッピ近い壁に囲まれた敷地の中央、

門をくぐるとまずは芝生が広がっており、

奥に向かって伸びる石畳の先に円形の広場。

風雅な庭園を思わせる。


もっとも見る者が見ればすぐ気付く。これが

中央城砦外郭や内郭を模したものなのだと。


南西から円形に見えた広場は実は半月に程近く

弦な部分には四角の居館が立ち並んでいた。

居館の裏手はまた半月であり弧な部分は

アウクシリウム自体の防壁と一体化している

との事だった。


防壁の奥、アウクシリウムの北東に在るのは

平原随一の治安を誇るマグナラウタスガルド。


かの第一戦隊長オッピドゥス連合子爵の所領だ。

さながら中央城砦内のオッピ城に護られる

第一戦隊の拠点、城砦内郭北西区画を模す如く

万全の護りで固められるこの敷地や施設は

「城砦の子」らのものだった。





城砦の子。


とかく死に易き城砦騎士団員同士の子は

多くの場合ここに引き取られ、運よく引退し

生還した騎士や軍師らに育まれ成人を迎える。


彼らの多くは物心付く頃には両親を共に

亡くしている。実の父や母の顔をもう、

思い出せぬ子も多い。


だが子らは誰もが父や母の生き様を誇りとし、

いつか自らも荒野の死地へ。人魔の大戦の

最前線へ赴いて戦いそして死ぬ、

そう決意して生きていた。


戦い、そして死ぬために生まれてきた

悲壮な運命を背負った子供たちに与えられた

猶予はたったの14年。西方諸国連合で最も

成人の早い共和制トリクティアに合わせ、

彼らは14になると荒野へ向かう。


もっとも補充兵の人員規定は15歳以上だ。

だから城砦の子らのみが1年早く向かう。

ベリルのような例外を除けば常に彼らが

最年少であった。





刀麺乱舞な昼食を終えたサイアスら3名は

その後大路を北東へ。突き当たりまで進み、

城砦の子らの施設を訪れた。


城砦の子らにとり、荒野の死地より生還した

城砦騎士や兵士らはただひたすらに憧憬の的だ。

たとえそこに父母の姿がなくとも、英雄らの

生還は自身らの父母の勝利であり凱旋であった。


城砦暦107年はこれまでの戦歴中

傑出して戦死者の数が少なかった。お陰で

子らの下へと顔を見せられた父母も多く、

彼らは口々にこう言っていた。


兵団長のお陰で生還できたのだ、と。

配下を一人も死なせぬ兵団長の下で

戦えたから、こうして会いにこれたのだ、と。


たとえ二度と会えぬと覚悟していても、

再会は無上の喜びに決まっている。

その恩人が今、目の前に現れたのだ。

3名の英雄を波状攻撃宜しく出迎える

子らの感激は弾けそうだった。





「かなり多いのですね」


と傍らのデレクに語らうサイアス。


子らからの眼差しはもはや憧憬を通り越し

崇拝そのもので、サイアスは困りつつも

とりあえず微笑んでいた。



「全部で数百ってとこだな。

 一年あたりの成人数は多くて十数。

 もっとも今後は増えるんだろうなー」


 

とデレク。


これまでにも何度か訪れた事があるらしく、

あちこちから歓声を受けたり見知った顔に

笑顔を向けたりしていた。



「魔力の影響次第では戦闘に向かぬ子も出る。


 そうした子らは事情の許す限りこの街で

 暮らせるよう手配している。

 

 今年は大挙移住したな」


「成程」



ベオルクの言にサイアスは頷いた。


ベオルクは騎士団幹部としての所用から、

例年複数回アウクシリウムへと戻っている。

そして戻るたびこの施設を訪れては



「初めて見るお菓子だ!

 ベオルク様、有難うございます!!」


「うぉー、凄ぇ剣!

 俺、絶対使いこなします!」



と四戦隊営舎自慢のスイーツや

騎士団制式装備群などを土産に持ち帰り

成人の近い子らに与えてまわっていたのだった。





やがてサイアスは熱狂的に自身らを囲む子らの

後方、建物の陰などから、密やかにこちらを

窺う小さな影が幾つもあるのに気付いた。


影には覇気の類が乏しい。だが

眼差しの熱さははしゃぐ子らと変わらない。


みれば皆ローブを纏っている。

自身の姿を隠すようにじっとしていた。



魔力の影響は専ら内面に。

外面に出る場合は肢体の末端から。

そういった事を、以前チェルニーは言っていた。


ローブを纏うあの子らは、

つまりそういう事なのだろう。


中にはシラクサのように日の光の下へと

出れぬため、建物内から見守っている子も

居るのかもしれなかった。


「ワシは午後はここで過ごす。

 お前たちは市街を見て回るといい」


荒野の城砦での武辺話などをせがむ

城砦の子らの眼差しに好々爺の如く

しかし威厳を取り持ち頷くベオルク。


ベリルへの過保護っ振りといい、

存外子供好きなのかも知れなかった。


何だか邪魔するのも悪いので

デレクとサイアスは



「了解ー。んじゃまたなーお前ら」


「いつか共に戦おう」



と子らにそう告げて

一足先に引き上げる事とした。


子らは突如引き締まり、

一糸乱れぬ敬礼を。

物陰の子らも同様だ。


その挙措、眼差し。その魂。


子らは既にして不撓不屈の戦士であり、

平原の人の世を護る誇り高き金剛不壊の盾。

すなわち城砦騎士団員であった。


デレクとサイアスもまた敬礼を返し、

束の間の後、薄く笑み頷いた。


すると子らの多くももまた年頃の子供へと

立ち戻って、去り往く二人を見送った。

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