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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十四日目 その四

今から60年ほど前の事。

城砦暦40年代の黒の月、闇夜の

宴もたけなわみぎり、中央城砦は陥落した。


陥落に至った直接の原因は公爵級、それも

「紅蓮の大公」との諡号しごうを受ける大いなる魔

「ベルゼビュート」の用いた「業火の嵐」だ。


現代では城砦流の儀式魔術へと落とし込まれ、

超高位、光の巫女級の仕手であれば一人で

発現させる事もあるこの魔術。


かの燦雷侯さんらいこうクヴァシルの用いた大いなる

死の秘太刀「燦雷」がそうであるように、

本家本元、荒神たる魔が成す場合、まさに

桁違いの破壊力を顕す。


かの魔の放った業火の嵐は善悪人魔の区別なく、

そう、自らの僕たる魔軍すらをも纏めて

ことごとくを灰燼かいじんに帰さしめた。


あまねく大地を煉獄れんごくへと変えた大公はそれに満足し

昇華したため、黒の月に数夜続くはずの闇夜の

宴そのものはそれで仕舞いとなった。


ゆえに中央城砦は陥落と引き換えに

大いなる魔を退けて己が役目を果たした

のだと、然様に取れなくもないだろう。


だがともかくも、一夜のうちに中央城砦は

陥落し、城砦騎士団は全滅した。それが史実だ。





ベルゼビュートの顕現による陥落の危機を

報せるべく、闇夜の荒野を唯一人平原へと

駆け抜けた名も無き英雄の活躍により、

翌朝早々に決死の軍勢が荒野へ出征した。


宴が終われば魔軍は瓦解する。

ここからは異形の群れとの争奪戦だ。


兎に角何としても異形らより先に焦土へ。

灰燼に帰した高台の中央城砦の跡地へと

軍勢は死に物狂いで強行した。


そうして昼下がりには同地へと至り、夜が

近付くにつれ三々五々現れる、宴に遅参した

事で生き延びたらしき異形の群れと対峙した。


力で勝る異形が人を喰らい尽くすのが先か、

数で勝る人が異形を殺し尽くすのが先か。


凄惨過ぎる消耗戦が繰り広げられるも

人の軍勢が辛勝し、さらなる増派を

得て同地を制圧。


ついには高台中央を奪還して、

こうして城砦騎士団は新生した。





歴史にもしもは禁句だが、

それでも敢えて言うならば。


業火の嵐の延焼範囲から言って、もしも当時

建造中断中であった外郭防壁が、予定通りの

進捗を以って完成していたならば。


内郭北部と本城は無傷で残り、翌朝まで

篭城し持ち堪えていた蓋然性は低くない。


或いは本城や内郭を盾として北進し一時撤退、

翌朝残存兵力で本城を奪還し再起を図るという

窮余の一策「空城の計」を使えたやも知れない。


だが当時の中央城砦と城砦騎士団の

体力では、結局どちらも成しえなかった。

当時の城砦騎士団は枯渇しきっていたためだ。


「退魔の楔」作戦の始動以来。そして

城砦暦40余年間を通じ一貫して最大の

後援者であった平原中枢、第一等の大国。


帝政トリクティアが城砦騎士団を。

西方諸国連合を見限ったためであった。





それまで常に最大の、膨大な人と物とを提供して

西方諸国連合と城砦騎士団を支えてきた帝国は、

遥として終わりの見えぬ底抜けの消耗戦に

完全に疲弊しきっていた。


いやもっと厳密に、正確に言えば

飽きていた。そういう事だった。


元来帝国を始めとする平原中枢の三大国家は

かつて血の宴で魔軍が蹂躙し億の人を喰らった

範囲である平原西域に領土を有していなかった。


魔軍に蹂躙された死の大地であり、緩衝域

として荒れ果てたまま遺された城砦騎士団領

へと直接接しているのは西方諸国のみであり、

三大国家には西方諸国こそが魔軍の影響に

対する緩衝域であった。


かつては平原西域の水の文明圏が先進であった。

ゆえにそれが滅び同文明の衛星国家群だった

西方諸国が崩壊したことで、平原中枢の

三大国家もまたとことんまで衰退し尽くした。


だが今は真逆であり平原中枢こそ先進。

西方諸国は平原中枢の衛星国家群であって

平原の西域は荒廃の地なのだ。


既に城砦騎士団の戦力は魔軍と曲りなりにも

渡り合えており、時に魔を討つ大戦果をも

あげている。ならばもう、十分だろう。


これ以上の支援は不要であり、後は

当事者たる西方諸国が何とかすればよい。


これからは国内に、そして東に目を向けて

一心不乱に富国強兵。しかる後東方諸国を

併呑し覇道の、版図の完成を目指すべし。


そうした考えが主流となって然るべきほどに

当時の帝国は疲弊しんでおり、遥か西方

への厭戦感が漂っていた。


ゆえに帝政トリクティアは城砦暦40年代、

西方諸国連合加盟国間の絶対義務である

兵士並びに物資提供義務を唐突に放棄した。


平原最大の国家であるトリクティアからの

物資や人資に頼りきっていた西方諸国連合軍

と城砦騎士団では、物資人資ともに枯渇。


建造中の外郭防壁を基部のみで放置せざるを

得ず、度重なる対異形戦闘で損耗した兵力の

補充も十分におこなえぬまま黒の月、闇夜の

宴へと突入し、そうして悲劇が現実となった。





ただの一日限りといえど中央城砦は陥落し、

退魔の大軍を彷彿とさせる決死軍の死闘に

より再建し、城砦騎士団は新生するに至った。


これら平原の、最小限に見積もっても

平原西方諸国連合の存亡を賭けた戦いに

対しても帝政トリクティアは一切の助力を

示す事はなく、内需拡大と東征にのみ目を

向け着々と地力を蓄え始めていた。



だがこれは許されざる裏切りであった。



なぜなら平原中枢の三大国家とは、いずれも

西方諸国連合の名の下に加盟と義務の履行を

拒む周辺国家を攻め滅ぼし、併呑した末に

膨れ上がった大国だったからだ。


魔軍の本拠たる荒野の只中で退魔の楔作戦を

完遂するには、大国の支援が不可欠だった。


よってまずは荒廃した平原のうちでも安全域

たる中枢に、支援のための大国を作る事とした。


それが平原側での退魔の楔作戦の骨子であり、

平原中枢に在った三つの国家はこの建前を

最大限に利用して巨大化した。


退魔の楔作戦と連合軍があったから、

三大国家は自身を正当化して好きなだけ

巨大化できたわけだ。この期に及んで

一抜け勝ち逃げは許されざる事だったのだ。





城砦騎士団の新生から数ヶ月後。


西方諸国連合は平原中枢で最大版図を誇る

帝政トリクティアに対し、宣戦を布告した。


平原西方諸国は国と呼ぶのも躊躇われるような

小国家群が主体であり、総人口で数十万。


一方帝国は総人口1億。国土は西方諸国の

数百倍から数千倍だ。正真正銘の西方諸国

だけならば、鎧袖一触にすらならぬ戦だった。


だが平原中枢の三大国家のうち残る二国は

これまでと変わらず西方諸国を支持した。


トリクティアと同じ立場でありながら

残る二国が依然西方諸国についた理由。

それは無論荒野の魔軍への脅威ゆえ、

ばかりではない。


大義名分の下に領土を増さんという、

これまでと同様の膨張主義の最後の仕上げ。

ざっくばらんに言えばそんなところだった。





とまれこれら平原中枢の残り二国。すなわち

北のカエリア王国と南のフェルモリア王国は

それぞれ数千万の人口と帝国の半分以上の

国土を有していた。


だがこの時点でもまた実力は帝国が上。

もっとも三方を囲われ戦線が集中できぬ分

戦略的には帝国が不利になっていた。


そこに帝国の野心の矛先となっていた

東方諸国までもが帝国の敵として参戦した。



四方を包囲され満足な抵抗のできぬまま

光の王国の直接の後継者でもある帝国は敗北。


三大国家の残る二国に国土の北と南をそれぞれ

2割ほど分捕られ、さらに東方の要衝であった

ロンデミオンを始めとする版図外延部は相次ぎ

独立。国土は最盛時の6割弱へと堕した。


こうしてトリクティアは連合帝位を剥奪され

最終皇帝は退位すら許されず記録(ダムナティオ・)抹消刑(メモリアエ)に。

そうして大公を筆頭とする貴族共和制へと移行。


西方諸国連合第三位となる連合大公位へと

降格し、共和制トリクティアが興ったのだった。

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