表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1266/1317

サイアスの千日物語 百六十四日目 その三

正式な辞令や軍旗の下賜は明日の戦勝式典で。

今日は飽くまで内示と言う事で、一通り挨拶を

済ませた3名は連合軍本部を辞した。



「『未来の王』か。いよいよ

 外堀が埋まってきた感あるなー」



大通り沿いに立ち並ぶ食堂のうち東方風の

麺料理を出すらしきものへと入った先で。


長官との対面で緊張し通しであったデレクが

首をぐりぐり回し肩凝りをほぐしつつニタリ。



先の黒の月、闇夜の宴の第一夜が明け、

貪瓏男爵との死闘を制した騎士や兵士らを

祝し鼓舞するサイアスのその様に、デレクは

「騎士を通り越して王になった」と評していた。


またベオルクにより騙まし討ち的に爵位を

譲られてぶんむくれ激しく口論した後に、

サイアスは「いっそ王にでもなるか」と

開き直ってみせていた。


勿論どちらも比喩や冗談の範疇を超える

ものではなかったのだが、それがいよいよ

現実味を帯びてきた。



「最前線の防衛拠点としては

 その表現はいただけないにゃ」


「はは、そらそーだ」



とりたてて否定も肯定もせぬものの、

表現の変更は求めるサイアスに

デレクは楽しげに笑っていた。



「往く手を阻むものがなくなった、

 あたりでどうだ、未来の陛下」


「苦しゅうない。

 最早誰も止められないにゃ」



デレク同様肩凝りをほぐし嘆息しつつ

ニタつくベオルクに、とりたてて疲れた風の

ないサイアスは、つんとお澄ましでのたまった。


ベオルクにせよデレクにせよ、容姿はまるで

サイアスと異なるが、こうしていると父や兄の

ような雰囲気だ。


3人は揃ってカウンター越しの厨房を。

暇を持て余し気味であった店主が明確に

ハッスルして乱舞するその様を眺めていた。





そう、店主は乱舞していた。

手には小刀を構えている。


店主は右手に構えた小刀を振るって

左手にデンと乗せた捏ね終えたばかりの

ずんぐりな塊を次々シュラシュラ切り飛ばす。


切り飛ばされた切片は紙吹雪の如く宙を舞い、

切れ目なく綺麗な放物線を描いた後に、遠方で

ぐつぐつ煮立つ寸胴鍋へと落ちていく。


東方諸国の忍びが用いるという、周囲に刃の

付いた板状の暗器。手裏剣をシュッシュと

投げるが如きその手さばき刃捌き麺裁きは

まぁ良いとして。


店員が奏でる異国情緒溢れた曲に合わせて

キビキビと雀踊りする小太りな店主のその様は

やはり乱舞という叙述が似つかわしかった。



「賦役の免除云々は、基本的には

 騎士団長からの指令の追認でしたね。

 まさか『永世』とは思いもしませんでしたが」



乱舞する店主と麺よりも、店員の奏でる

やけにノリノリの曲が気になるらしい

サイアスはそう語った。



「そうだな…… 城砦騎士団は連合軍隷下だ。

 長官の追認は加盟各国への公示としての

 意味合いが強かろう。


 先の戦勝以降、中央城砦へ向けた

 兵士提供義務は規模が半減した。


 その分復興は加速して、結果

 諸国では大幅な人口増を見込み得る。


 だが兵士提供義務とは戸数に対して

 課せられる一種の人頭税だ。


 よって今後見込まれる人口増の過程では

 減ったはずの義務が増える、一時的にせよ

 そういう現象も起こり得る。


 要は以前ラインドルフがロンデミオン傭兵団

 の残党を受け入れた際に直面したジレンマが

 国家規模で起こり得るという事だ。


 それへの対抗策カウンターとしてラインシュタットへ

 人手を送るという選択肢を提示する。

 大方そんなところだろうな」



ベオルクはそう語り、杯を傾けた。


折角の見世物を堪能すべく酒を出せ、と

判ったような判らぬような理屈でもって

料理より先に出させたものだ。





「人口調整策ですか……

 三大国家の思惑もあるのかな」


とサイアス。


現状平原中枢の三大国家と西方諸国間には

圧倒的に過ぎる国力差がある。だが今後の

展開次第ではそれが覆る可能性もある、と

見る向きがあるのではないか。つまりは

力をつけ過ぎぬよう間引いておきたい考えだ。



「西方諸国の老若男女をすべてひっくるめても

 総人口は精々数百万だ。一方三大国家は

 いずれも億に近い民を有している。


 現状では完全に杞憂だな。だが今後

 何がどうなるかはまさに神のみぞ知る、だ。

 ただしヒントはあるようだ。気付いたか?」



酒のついでに出されたお通しを楽しみつつ

ベオルクはサイアスにそう問うた。



「戦時統帥権」



自身のお通しをベオルクへと回しつつ

サイアスは端的にそう告げて、ベオルクは

常日頃よろしく悪党の親玉めいてニヤリした。



「騎士団のみならず連合の顔役にも、

 って意図だけじゃないんですかねぇ」



自分のお通しをも回しつつ

デレクはベオルクへとそう問うた。

これが回答料だと理解したらしい。



「連合『辺境伯』への就任時に、これには

 4万の戦時統帥権が与えられている。

 これはブーク閣下と同じ値だ。


 この数字は連合爵位に沿ったものなのだ。

 つまり公爵位の統帥権が4万だと言うことだ。


 ここで問題が出てくるのだが。

 長官の連合爵位は『大公』位だ。つまり

 軍部の最高司令官であるかの長官殿が

『連合大公の権能において』委譲できる兵権は、

 実は大公位相当の6万までなのだ。


 にも関わらず総兵力10万の……

 実際には10万も居らんが兵権の話だぞ。

 10万の兵権を委譲すると言った。


 これは要するに、事前にもっと上と

 話が付いていると言う事だ」


「ほー、にゃるほど……」



調度仕上がり給仕された、香り豊かな湯気

立ち上る独特の麺料理と語り耽るベオルクを

交互に眺めつつデレクは



「んじゃ兵権10万を委譲できる

 連合爵位持ちとは、一体どなたなので?」



と問うた。


「それはお前、居てもこの世に一人だけだ」


とベオルクは苦笑した。



「兵権10万とは連合『帝位』のもの。

 つまりは帝政トリクティアの皇帝だけだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ