サイアスの千日物語 百六十四日目
アウクシリウム北東区画に在る城砦騎士団の
各種施設は、二種に大別することができた。
一つは宴の後や勲功消費等で特別休暇を得て
帰境した、城砦騎士団員専用の施設群だ。
施設群と言うと堅苦しいが旅館に商店酒場等々、
隔壁を挟んで南の市街のものと大差はない。
決定的に異なるのは、騎士団員はこれらを
全て、タダで利用できると言うことだ。
ロイヤルスイートは騎士級限定等、所属や役職、
階級毎に若干の制限はあるものの、基本的には
何一つ不満なく極楽を満喫できる仕様と
なっている。
買い物も認識票の提示でフリーパスだ。
もっとも購入する商品やサービスは大前提
として当人のためのものでなくてはならない。
例えば機密保持、人口の確保、社会適応性。
理由は色々あるが原則として、騎士団員は
騎士団領から以東の平原へと戻る事が
許されてはいないからだ。
平原にとり荒野とは異界なのだ。
一度異界に定着し、異界の理に馴染んだ者が
平穏の平原に人智の外なる理を持ち込む事は
平原の有様を保つ上で禁忌だとされている。
無論例外は少なくない。
駐留騎士団や任期付きで派遣された
城砦騎士団長等の西方諸国連合の諸王侯が
自国との往来を抑制されたりはしないし、
騎士団上層部が特務を帯びて騎士団領より
東の国々へと向かう事もある。
詰まる所専ら兵団員に対しての制限と言えた。
元より補充兵の大半は、荒野に送られて
1年ともたずに命を落とすとされていた。
蓋しうっかり生き延びた猛者のための規制だ。
そもそも兵士提供義務で城砦へと送られる
補充兵のうちには出立前に故郷で葬儀が
済まされる者も多い。
当人もその家族も、二度と戻らぬ前提で
別れ、そして荒野へと旅立っていた。ゆえに
取り立てて問題が取り沙汰される事はなかった。
とまれ買い物の話に戻ると、例えば当地
アウクシリウムへと帰境した城砦騎士団員が
故郷の親族等へと仕送りなり物品なりを
送りたい、とそういう事になった際。
その際は隔壁を超えた南側の市街へと
赴いてそちらの施設を利用する事となる。
無論、当人持ち。自身の勲功が限度額だ。
荒野の城砦と平原とでは物価が10倍以上
違うため、少量の勲功でも随分な額になる。
まずはその旨申請し、北側で勲功を換金し
貨幣を手に入れ南側で用いる。当然ながら
いつもニコニコ現金払いな上羽振りも良い。
店側としても上客だ。これを目当てに
やってくる行商なぞも多く、アウクシリウム
の市場の発展に一役買っている向きもあった。
ちなみに南の市街において絶大な人気を誇る
城砦騎士団関係者は、かの剣聖ローディスだ。
強襲専門の第二戦隊を率いるローディスは
役目柄真っ先に死ぬ配下らの遺族へと、
騎士団とは別個に自身の勲功から見舞金を
送っている。ゆえに騎士団領内のみならず
平原全土より「聖」と称されているのだった。
城砦騎士団とアウクリシウムにとり、帰境の
ピークとは宴を制した黒の月の翌月だ。今は
完全に季節外れであり、北東区画の施設は
完全にガラッガラ。というか「客」は
サイアスら20弱のみであった。
ゆえにあらゆる施設が貸切状態で、かつ
城砦騎士団の代表一行。それも大戦果を経た
上で、立役者な連合辺境伯の御成りだ。
その歓待振りは凄まじく、トーラナ王宮と
同様に王侯貴族の如き――実際に王侯貴族
ではあるのだが――扱いで、正に羽毛の心地を
味わいつつ存分に疲れを癒す事となった。
中央城砦と同様の時間制を採用してはいるが
既に百数十年平穏の最中にあるアウクシリウム
では、矢張り大抵の事柄は平原の時間軸に
沿って動いている。
そこで一行は午前9時までをもぞもぞゴロゴロ
グダグダと過ごし、その後は幾手かに分かれて
アウクシリウムでの休日を満喫する事となった。
まずはいかにも黒騎士然とした
ベオルク以下城砦騎士団騎士会の3名。
彼らに関しては休日出勤だ。
昨日アクタイオンの持参した書状に従い、
一夜明けた今朝は連合軍本部へと出頭し
連合軍最高司令官たる「長官」との面会だ。
西方諸国連合は加盟国の諸王侯を頂点とした
組織だが、連合軍は飽くまで下部組織な
軍隊なので、トップは別途用意されていた。
もっとも大抵は連合軍隷下である
城砦騎士団の首長の経験者。要するに
歴代の城砦騎士団長が就任する事と成っていた。
当代の連合軍最高司令官は丁度先代。
チェルニーの前任だった人物だ。
歴代城砦騎士団長の例に漏れず、連合加盟国中
平原中央に存する三大国家の重鎮で、共和制
トリクティア中央政府の元老の一人。
同国を代表する英雄であった武神ライナスや
若き俊英クラニール・ブークを中央城砦へと
招聘し昨今の中興の礎を築いた人物で、帝政
トリクティアの皇家の末裔との事だった。
西方諸国連合軍の本部は城砦騎士団の関連施設
の南西付近。俯瞰すれば真円なアウクシリウム
のほぼ中央。丁度南半分の中心に建つ政庁の
隔壁を挟んだ真裏付近に建っていた。
形状こそまるで異なるが、雰囲気は
中央城砦本城の中央塔によく似ている。
敷地の至る所で歩哨を務めるあらゆる兵らが
直立不動で最敬礼する中、3名は本部の敷地を
奥へと進み一際大振りで古めかしい城館へ。
その後兵らの取次ぎと案内を受け、
4階の司令室へと通された。
西手に大きな窓を有し、アウクシリウムの
市街地を。そして遥か彼方の荒野に孤立する
中央城砦を望むが如きその部屋では、共に
初老の頃と思しき、二人の女性が待っていた。
そのうち重厚な調度の卓を挟んで威厳と共に、
それでいて柔和な眼差しで3名を見守る女性。
彼女こそ西方諸国連合軍最高司令官であり
先代城砦騎士団長。
世が世なら女帝。
今は専ら「長官」と呼ばせている
セミラミス・アムネリスその人であった。




