サイアスの千日物語 百六十三日目 その七
アウクシリウムの市街地を熱狂の波に乗り
凱旋行進したサイアスら一行と軍勢は、城門
から伸びる大通りを経て政庁等の建つ中心区画
へと至り、そこでパレードは仕舞いとなった。
一行を出迎えた二つの駐留騎士団は一足先に
各々の拠点へと引き揚げ、歓迎の人手が
すっかりはけたその後で、サイアスら一行は
連合軍本部へと到着の挨拶に出向く事となった。
俯瞰すれば真円を象るアウクリシウムの上半分。
中心区画の北方は、西側全てが平原全土から
集積された、膨大な物資の集積所に。
東側が西方諸国連合軍本部や諸国の領事館。
及び城砦騎士団の各種施設となっていた。
下半分、南の市街とは防壁で隔てられ、
連合本部の兵により護られている。兵らの
大半は西方諸国からの派遣であり、これを
重傷を負う等して引退した城砦騎士団員ら
が将官として率いていた。
例えば四肢を損なうような重篤な負傷を得た
城砦兵士であっても、異形と渡り合える時点で
平原兵士より遥かに格上だ。そして辛くも生還
を果たした彼らは、荒野の死地での激闘を。
そこで生き抜く至難を身を以って知っている。
パレードを歓迎する万来の人々とはまた異なる
万感の想いを胸に抱き、彼らはサイアスらに
剣礼を成し、或いは涙し頷いていた。
そうした中には見知った顔が一つある。
老境ながらも矍鑠として甲冑を纏う武辺の男。
荒野に居た頃より威風は幾らか穏やかに。だが
未だその喧しさは健在で
「ようやく戻ったか!
すっかり待ち詫びたぞ!
にしても痛快な勝ちっぷりよ!
このアクタイオンですら
たまさか一驚を禁じえぬわ。
存分に誇るが良いぞ。ッハッハッハ!!」
と豪快に喚き甲冑を鳴らして呵呵大笑。
そう、彼こそ黒の月、闇夜の宴に顕現した
荒野に在りて世を統べる大いなる荒神たる
魔が一柱。かの貪瓏男爵との決戦において
猛攻を喰らうも一命を取り留め。
引退し帰境して今は後進の指導に当たる
元城砦騎士。現第二戦隊城砦騎士である
セメレーの父、アクタイオンであった。
城砦騎士は純然たる強さへの尊号であり、
一切の世俗の権能を有さず世襲もない。
ゆえに100年余の城砦暦のうちでも
親子二代で城砦騎士と成った例は少ない。
その一例がアクタイオンとセメレーであり、
またライナスとサイアスでもあった。
サイアスの場合は伯父もまた元城砦騎士だ。
結果論なのは勿論だが、さながら生粋の
城砦騎士であるとも見做せた。
「相変わらずだなー爺さん。
耳栓必須な喧しさだわ」
「全くだ。これでは
平原の平穏を堪能できん」
耳鳴りに軽く首を振るも楽しげに
軽口を叩くデレクと苦笑するベオルク。
第四戦隊発足前は共に第二戦隊出身で、
アクタイオンとは腐れ縁と言えた。
「だまらっしゃいッ!!
まずはこのアクタイオン、
白銀の騎士アクタイオンの出迎えに
咽ぶ感涙の一つも見せてみんか!!」
あの娘にしてこの父あり。いや
こちらが元祖ゆえかよりタチが悪い。
セメレーは美声だがこちらはダミ声だ。
「あーうるせー…… おぃ爺さん。
俺らは本部で挨拶があるんだ。またな」
万雷の歓声より五月蝿いかも知れない
アクタイオンのガナり声に辟易なデレク。
適当にあしらって先を急ごうとした。
同じく馬上なサイアスやロイエらは
オッピ対策と同様とうに耳を塞いでおり、
車両はびっちり戸締りをして内側から布地を
当てがい、遮音に余念なき有様だった。
一方御者な肉娘であったり元鉄騎衆な
サーティ・ノックズであったりは満足な対策を
取りそこね、脳裏で釣鐘がぐゎんぐゎんな感じ
でフラフラとしていた。
ちなみにアクタイオンの同僚や配下と思しき
兵士らは皆ごく普通に任に就いている。いや
よくよく見れば皆、耳栓をしていた。
「待たんか小僧! いや!
サイアスの事ではない!
おいデレ僧! このアクタイオンが
こうして出迎えたのは何故だと思うか!」
周囲の事なぞお構いなし。むしろ久々の
再会を喜んでか、平素の数割増しで
喚くげなアクタイオン。
荒野の戦場で異形の放つ咆哮により大音には
すっかり慣れっこなデレクだが、大先輩な
歴戦のアクタイオンはもっと慣れており、
常に異形に喚き勝ってもいた。お陰で
兎に角大変にタチが悪かった。
「誰がデレ僧だ……
どーせ喚きにきたんだろ」
「そんな訳あるか!!」
「んじゃ歩哨か?」
「たわけぃ! 仮にも連合軍本部
剣指南役のこのアクタイオンが
然様な理由で出張るはずがあるか!!」
すっかり頭を抱えるデレク。
気付けばこっそり車両は移動し
既に隔壁の向こうへと。
この場には立場上逃げかねる
城砦騎士のみが残っていた。
「じゃー何」
と絶望感たっぷりのデレク。
「本部の長官殿より伝言だ!」
ドンと胸甲を叩きドヤるアクタイオン。
「使いっ走りか……」
やれやれと肩を竦めるデレク
「ドゥアマラッシャイッッ!!
このアクタイオンが使いっ走りなんぞで
あろう筈があるわぐぇっほげごほがほっ!!」
往年を思い出し興奮し過ぎたか、息継ぎの
タイミングをミスったか肺活量が落ちたか、
アクタイオンは大いに咽せ、腰から水嚢を
引っ付かんでガブ飲みした。
「流石に多少は衰えたか」
苦笑するデレク。
「それで、何だ」
呆れ笑ってそう問うベオルク。
アクタイオンは口元をぬぐってベオルクへ
書状を、差し出そうとして水嚢を差し出し、
逆ギレしてさらに一喚きしようとするところで
横合いからサイアスがさっさと書状を抜き取った。
「『疲れたろう。挨拶は明日でいいから
今日はもう休め』との事ですね……」
無表情、無感情に
書状を読み上げるサイアス。
長官とやら、絶対わざとだ。違いない。
またしてもお困り様なのか、と
内心嘆息してはいた。
「たった今疲れきった感じだがな……」
額を押さえ嘆息するベオルク。
とまれこうして一行は、連合軍の本部ではなく
城砦騎士団の所有する宿泊施設へと向かい、
諸々の疲れを癒すこととなった。




