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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十三日目 その五

アウクシリウムまで500オッピ。

のんびり歩いて小一時間と掛からぬ。


これまでの旅程から見れば目と鼻の先な

そんな場所での大軍による昼食は、実に

和やかなものとなった。


当節平原では朝と夕、1日2食が主流である。

お陰で身体が資本の兵士らにとり、昼日中は

常に腹減りで辛い。よって急遽の飯を喜ばぬ

はずもなかった。


カエリア王国と共和制トリクティアは

平原全土で二位と三位の国力を有し、

古くから常備軍を運用している。


兵を用いるには兵に食わせねばならぬと

骨身に染みて理解しているため、ちょっと

出張る程度であっても必ず輜重を伴っている。


これらは荒野の只中、陸の孤島での篭城戦を

主体とする城砦騎士団では、余り顧みられぬ

要素ではあった。





「しかしサイアス。見違えたよ」


駐留騎士団の長として動く際は専ら幼名の

ラグナで通す、アルノーグ・カエリアは笑った。


ガーブと宝冠は既に仕舞い込み、

今は甲冑の上にマントを纏っている。


周囲の気遣いでサイアスやベオルク、

デレクに前執政官の5名だけで大振りな

天幕一つを占拠。和やかに会食し談笑していた。



「とてもしなやかに、

 そしてしたたかになった。

 これなら何も心配は要らない」



自慢の子か宝物を眺めるように

にこやかに目を細めるラグナ。


その様にベオルクもまた得意げで

勿体振り髭も頻りであった。



「しなやかに、ですか?」


強くなった。


そう言われるものだと

思っていたサイアスは、

小首を傾げて問い返した。



「無論あの日より何倍も武量を得てはいる。

 だがそれは君の心の強さに対し、身体が

 追い付き出した、それだけの事さ。


 元々しっかり根付いていた樹木が

 滋養を得てすくすくと育った。

 若者なら誰もが経験する成長の範疇だ。

 飛びぬけて非凡な類ではあるが……」



さながら伝承の剣樹の如くに、と

ラグナは微笑んでいた。膨大な戦闘経験を

積める荒野で生き延び続ければそれは強くなる。


そも荒野へ赴く際にサイアスが企図したのも、

荒野の死地で1000日生き抜けば城砦騎士に

至り所領の賦役を己が一身で賄えるようになる、

そういう目論みからだった。


荒野に送られた補充兵のうち、人より遥かに

強大な異形への恐怖に打ち克って初陣を制し

城砦兵士と成れるのは6割程。


その6割も凡そ300日前後に一度訪れる

黒の月、闇夜の宴で過半数が死ぬ。ゆえに

荒野に送られた補充兵の大半は、一年と

もたずに命を落とす。


少なくとも城砦暦107年初まではそうだった。

そしてこうした運命を変え、さらに他者の命運

までも変えたのが他ならぬサイアスではあった。





「ラグナ様の見立てが正しかった、と

 そういう事でしょうなぁ。元老院の

 連中は今でも悔しがっておりますゆえ」


機動大隊を率いる前執政官は苦笑した。

共和制トリクティアの中央政府は東西に長い

国土全体の東寄りの州に本拠を置く。仮に

血の宴が再度起きても直接は被害の及ばぬ

遥遠の地であった。


一方前執政官は西方諸国に程近い国内でも

西方の州の出自で、魔軍の脅威への認識も

強かった。それゆえお鉢が回ってきた、

そういう次第でもあった。



「フフ……

 貴国のお歴々には誠に気の毒だが

 こういうのは常に早い者勝ちさ。

 

 とまれ過酷な環境で生き抜けたなら

 結果、強くなるのは当たり前の事さ。

 生き抜く事それ自体がまず至難だがね。


 しなやかになったと言うのは佇まいの事さ。

 荒野へ送る道中の君は今にも砕け、壊れて

 しまいそうな程張り詰めていた。


 だが今は随分自然な表情で笑えるように

 なったじゃないか。私にはそれが嬉しいのだ」



ラグナは慈父の如き眼差しで

サイアスに微笑んだ。


「確かにお人形のお姫様でしたねー」


と茶化すデレク。


これにはラグナもベオルクも苦笑。


イラっときたジト目のサイアスは

自身のサラダの皿からデレクの皿へ、

デレクの苦手なニンジンを放り込んだ。



「ちょっ、おま! 何をするだー!」


「食べなきゃ大きくなれませんよ」


「お前が言うか!?」


「仕方ないワシのもやろう」


「じゃあ私も」


「こちらもどうぞ」



あっと言う間にデレクのサラダは

ニンジン5人前と相成った。


サイアスやベオルクはともかくも。大国の王や

前執政官の差し入れを食わぬ訳にもいかぬので、

デレクは半泣きで召し上がる事となった。





張本人である事を棚上げしてデレクを哀れんだ

サイアスが、城砦を発つ時に厨房長ナタリーが

持たせてくれたマヨラーセを差し出すと、

デレクは途端にニンジン好きに確変した。


ベリルやロイエみたいだな、と

デレクを子供扱いするサイアス。

デレクより10は年下であった。


ラグナと前執政官はマヨラーセを見るのが

初めてだったようだ。サイアスは手土産として

小分けに持たせて貰っていたうちの幾らかを

二人へと差し出し、そのうち幾らかを実際に

使ってみた二人もまた舌鼓を打った。


「流石は人智の境界、

 食文化でも最先端ですな……」


と前執政官。


「調味料はトーラナ経由も多いようですね。

 先日いただいた鍋料理も凄かったです」


サイアスはドカ鍋やドカ料理の話をし、

ラグナと前執政官は目を丸くして喜び、

その後暫くして本題に戻った。



「如何に過酷な生を覚悟し死地へと

 臨むのだとしても、感情を圧し殺し

 一振りの剣となりきる必要はないのだ。


 剣は手に持ち振るうもの。

 剣を手に持つのは人なのだ。

 人である事まで否定しなくていい。


 如何に過酷な死地にあっても

 人として笑い歌い、踊り楽しんで見せる。

 人の心の営みをそのままに保つ、そうした

 心のしなやかさが今の君にはあるようだ。

 

 また、硬いばかりの剣はすぐ折れる。

 良い剣には適度なしなやかさも必要だ。


 そのしなやかさを得た君はもう大丈夫さ。

 私もベオルク殿も安心して後事を託し

 隠居できるというものだ」



そう告げるラグナは隠居したら

ラインシュタットに遊びに行くと

楽しげで、でしたら私もと前執政官も。


ヴァディス曰く、ラグナは数年内に退位して

太子である長男を立てる意向であるという。


一方ラグナと同年代であり、ついでに

凄まじき頑固者でもあるベオルクは



「それがしは生涯現役を貫く所存」



と憮然として自慢の髭を撫で付けた。


「それは失礼、流石は天下無双、

 魔剣の主ベオルク殿だ。

 お詫びにカエリアの実でも如何かな」


ひょいと王立騎士団の常備品でもある

カエリアの実入りの袋を差し出すラグナ。


「有難き幸せ」


憮然から一瞬で相好を崩し丁重にこれを

拝領して早速取り出し頬張るベオルク。


4名はちらりと視線を合わせ

共に小さく肩を竦めた。


「さすがラグナ様、

 見事に猛獣使いですね」


とサイアス。


「誰が猛獣だ」


と猛獣げなベオルク。



「スイーツ獣?」


「酒も忘れるな」



天幕の外を護る騎士や兵らが顔を見合わせ

訝しむほど、楽しげな笑い声が天幕から漏れた。

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