サイアスの千日物語 百六十三日目 その四
伝説級の腕前を有する真の飛兵であるゆえか、
魔力の影響が顕著に視力に及んでいるラーズ。
彼が遠眼鏡でもさやかには見えぬ超遠距離での
哨戒を成功させた事で、混乱を招く事がなく
きっちり威儀体裁を整えて一行は東進した。
距離が詰まるにつれ明らかとなった
二つの布陣の全容とは、昨期と来期の
担当である駐留騎士団らであった。
すなわち南手の歩兵らとは、今秋までの担当
だった共和制トリクティア正規軍の機動大隊だ。
その数概ね2000強。初夏に諸歴あり
大隊長であったガーウェインと直属部隊が
纏めて入砦する運びと相成ったがために、
元老院より増派された前執政官が兵権を
引継ぎ率いていた。
彼ら機動大隊は、本来であればとうに
国許へと引き上げていて然るべきだった。
だが今年は「宴」の後、荒野と平原を股に
架けた連合軍全体規模での合同作戦が二度も
発動されており、彼らはそれら両作戦において
平原側での中核的な役割を担っていた。
そして二度目の合同作戦が大戦果と共に
終了した後は、騎士団領内の大街道の整備に
あたるなどなおも八面六臂の活躍を成しており、
此度の出迎えもその一環という事らしかった。
機動大隊の兵装は百人隊のものと同じだ。
布服の上に揃いの半袖な鎖帷子を纏い、
手には手槍と円盾を携える。
左右の腰には短剣と片手剣を佩いており、
皮革の小手は隊毎にあったりなかったり。
指揮官級が纏うのは鎖帷子ではなく
豪奢な装飾の施された煮詰めた革鎧だ。
さらに兵らとは異なって、特徴的な飾りが
付いた、ガレアと呼ばれる兜を被っていた。
一方そうした機動大隊に対し、大街道を
挟んで北手に布陣するのは騎兵200だ。
異形と死合う荒野の城砦製に比べれば流石に
薄手だが、それでも十二分な強度を誇る揃いの
様式の甲冑で人馬共に鎧い、手には槍と騎士盾。
外套も色以外はお揃いだ。そしてマントや
サーコート、旗などの布地には、金糸で
剣樹の紋章が描かれていた。
剣樹の紋章とは平原中央、三大国家が一国
にして北の雄。カエリア王国の国章だ。
これを金糸で描くのは王家のみ。すなわち
彼らこそ平原一の騎馬軍団と名高いかの
カエリア王立騎士団であった。
そして騎士らの布陣中央最前列に在って
しずかにこれを統べるのは、騎士らと揃いの
甲冑もサーコートではなく緋色のガーブを纏い
兜の代わりに宝冠を戴く壮年の武人。
カエリア王立騎士団長ラグナ。すなわち
アルノーグ・カエリア王その人であった。
そう、初夏の頃、決意一つで死地へ臨まんと
する少年サイアスに手を差し伸べて共に戦い
無事荒野の城砦へと送り届けた輸送部隊。
サイアスを人魔の大戦の新たな局面を託すに
値する若き才と見做し、王立騎士にさえ叙して
これを後見し心を砕いて見守ってくれた隊長。
入砦後の初陣で死闘を制したその末に、剣礼を
交わして別れたあのカエリア王立騎士団と
隊長ラグナが今、こうして凱旋するサイアスを
出迎えに表れたのだった。
西方より徐々に近付くサイアスら帰境の一行。
馬上よりこれを眩しげに見やり、次いで
向き直ったラグナはスラリと長剣を抜き放つ。
王立騎士団200が、そして南方の機動大隊
2000までもが号令なく一斉にこれに倣い、
切っ先を天に。剣持つ手を胸前に引き付けて
サイアスら一行もまた挙措を共にした。
キィン……
2000を超す人々が一斉に
ただ一つきりの同じ挙措を成して
ただ一音のみが澄明な余韻を響かせた。
剣礼。
天地の狭間に立つ人が
剣一振りに己が身命を託し
天地神明に誓う、聖なる儀式。
誓うものが何であれ、
そこに言葉は必要ない。
ただ澄明な覚悟で祈るのみ。
かつて剣礼を以って別れた。
そして今、剣礼を以って再会する。
車輪と馬蹄のみがこだまして
去来する万感の想いに視界の滲む中、
こうしてサイアスは一つの再会を果たし
出迎えの軍勢との合流を果たしたのだった。
暫時の後。
未舗装な大街道予定地のど真ん中、そして
南北の傍らには多数の天幕が設けられ、
僻地の只中は隊商のバザーの如く華やいだ。
アウクリシリウムまではあと500オッピ程。
遠間の地平にはくっきり防壁が黒ずんでいる。
ここまで来たらさっさと到着してしまうが吉。
誰だってそう考えそうなものであり、出迎え衆も
残る旅程をそのまま共に進む気満々だったのだが。
平素はツンとお澄まし一つきりなサイアスが
静かに涙するその様に。そしてサイアスの
抱いた想いを推し量り、共に涙ぐむ一家の
その姿に心中こみ上げるものを感じながら。
それでも、やはりどうしても。
腹が鳴ってしまうのが肉娘なのだ。
フェルモリア王家の呪われた血に負けず
劣らずな自身らの業に深く嘆くげな肉娘衆。
一方サイアスとしては、お陰で出迎え衆に
涙を悟られずに済みそうだ、とすぐにいつもの
調子へ立ち戻り、仄かな笑みをも付け足して
近似したラグナらへと挨拶する事ができた。
そうして再会を祝したついでに実は、と
肉娘らのアレな腹減りを持ち出して笑いを
取り、じゃあそすうるか、と心底楽しげに
笑うラグナらと共に、2300程で一斉に。
昼食をとる事となったのだった。




