表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1259/1317

サイアスの千日物語 百六十三日目 その三

どこか荒野の景観にも似たトーラナ近郊の

不整地から、未舗装ながらもくっきり整った

大街道の予定地へと至った後、一行の馬足は

一気に増した。


一行の車両がその車輪に履いていた

ゴムの「靴」はトーラナで新調されていた。


人のそれと同様に、車輪の「靴」もまた

履き始めは硬い。それが漸く馴染んできた時分

でもあり、大型貨車は大地を滑るように進んだ。


未明に発ってより既に3時間。数度の休憩を

挟んで経たその距離概ね4000オッピ。


さらに1000オッピも進んだならば

鞍上から臨む地平の果てに、目的地である

アウクシリウムの影が見え隠れする事だろう。


近郊に大規模な屯田を有し、都市並の人手を

有するといえども、トーラナとは飽くまで

辺境の軍事拠点である。


荒野の只中に建つ中央城砦に比べれば随分

気が楽であるとはいえ、戦地戦場に隣り合う

土地柄だ。人界の巷が醸す風情とは程遠い。


だがアウクシリウムは既に後方都市。

それも定住人口3万余。交流人口は昨今

さらに増え5万を超すと見られている。


騎士団領のみならず平原西方では最大で、

平原中枢の三大国家の首都に迫る。正に

都市国家と称して然るべき規模だ。


魔軍の脅威に備えるべく在る防壁群こそ

物々しいが、内側は人の気配に溢れている。


荒野の城砦から帰境してきた者はここに

至って漸く「帰って来た」と実感。或いは

歓喜し落涙する。そういう場所なのだった。


お陰でサイアスら帰境の一行のみならず

護衛として付き従う鉄騎衆80名もまた

高揚を抑えがたい向きがあった。


そういう次第だったので、麗しの都

アウクシリウムはまだかまだかと手を翳し、

首を長くして進み望むその往く手によもや。



軍勢が待ち受けていようとは

ゆめにも思っていなかった。





そう、確かにそれは軍勢であった。


アウクシリウムが地平の果てにまだ見えぬ、

明らかに未だ僻地な未舗装の街道の往く手。


一行の東方には、ほぼ10オッピ幅で

真っ直ぐ伸びる道行を南北から挟む格好で

二つの軍勢が布陣していた。



南の軍勢は歩兵数千。

北の軍勢は騎兵数百。


いずれも美々しく装って、

武器を構えてはいなかった。



帰境の一行の先陣には「鷹の目」を持つ

魔弾のラーズがおり、抜け目怠り如才無く

哨戒策敵を継続していたため、少なくとも

800オッピは距離のある状態で気付けた。


お陰で一行は大いに驚愕しこそすれ、

泡を食って大童と成らずに済んでいた。


そして奇襲でさえ無いならば、人の軍勢は

魔剣の主ベオルク単騎で1万程度処理できる。


丁度荒野に在りて世を統べる魔と

城砦兵士とのそれに近しい戦力差だ。


デレクやサイアスとて一騎当千、

文字通り千は討てる域にある。

最早聊かの脅威もなかった。



そもそも。


待ち受ける二軍は微塵も戦意を示して

いないのだから、空騒ぎにも程がある。


お陰である種の気まずさに苦笑いしつつ、



「王妃に一杯食わされたようだな」



とニヤニヤするベオルク。


ちなみにベオルク当人は、

未舗装の街道予定地に入った時点で

軍勢の存在に気付いていたとの事だ。


聞けば「魔剣の食い気がうずいた」とかいう

余りにも笑えない理由であり、一行は

反応に困りまくった。





「チェルヴェナー様も何だかんだで

 フェルモリア王家の方だという事かな……」


と肩を竦めるサイアス。

既に絡繰からくりを理解したようだ。


要は北往路の出口で一行の到着を出迎える

予定であった在トーラナな赤の覇王の近衛隊と

同様に、アウクシリウムから出ていた迎えだと、

そういう事らしかった。



チェルヴェナーはこれら出迎えの軍勢の件を

サイアスらに対し事前に知らせては居なかった。


一行の旅程や進捗はトーラナから

アウクシリウムへと事前に通達が成されて

いるため、チェルヴェナーがこれを知らぬ

はずもなく、余計な厄介事を招かぬためには

一行へも通達しておいて然るべき。


それをしなかった理由とは何か。


例えば先日自身の近衛隊が一行の出迎えに

不本意ながらしくじった事への悔しさ

なども一因としては、あるだろう。


が、何はさて置き最大の理由とは、人界の

気配に浮かれる一行を驚かせようという

茶目っ気と見て間違いなかろう。


トーラナでの短くも深い付き合いを経て、

チェルヴェナーが覇王の二つ名で包み隠す

意外な程の人懐こさや人らしさを理解していた

一行は、すっかり呆れ笑っていた。



「今頃声立てて笑ってそうねぇ」



あの人もやっぱお困り様だわ、

とミカの背で首を振るロイエ。



「あの夫にしてあの妻ありね」



けだし全力で跳ね返ってきそうな

そんな物言いでつんと澄ますニティヤ。



「東方諸国の格言には

『勝って兜の緒を締めよ』

 というものがあります。つまり……」



照れ隠しなのか何なのか。

唐突に講話を開始する

博学才穎、元神職なディード。



「兜煮ッ!?

 そういうのもあるのか……!!」



有り難いお話をまるで聞いちゃぁいない

いつも通りのアクラと大いに色めき立つ

肉娘衆。そういえばそろそろ昼飯時だ。



「じゃあ合流したらお昼にしようか」



と明確に飼い主な眼差しのサイアス。


はーい! とたいそう元気の良い返事が響き、

とまれ緊張は霧散して屈託のない笑顔が戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ