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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十三日目 その二

東西に長い楕円をした平原には中央を

南北に二分する大街道が走っている。


旧文明の遺構を利してトリクティアが整備し

河川に負けぬ規模で平原を横断する大街道の

東の終点は東方諸国の西はずれ。そして

西の終点は騎士団領アウクシリウムだ。


旧文明の遺構としての大街道は騎士団領の

西の果て、今はトーラナと呼ばれる辺り

にまで伸びていた。


もっとも二百年前後前の血の宴により、現在

城砦騎士団領と呼ばれる領域では何もかもが

破壊されてしまった。


平原の西端二割を占める城砦騎士団領は

血の宴で実際に魔軍の侵攻を受けた場所だ。

つまりもし荒野の城砦が陥落すれば、再び

魔軍の侵攻を受け滅ぶ事となる。


よってトリクティアは騎士団領内の街道の遺構

については、平原全土よりの集積物資の輸送

のために頻回に利用するアウクシリウムまでの

箇所を除き、トーラナの前身となった廃墟等と

同様に、復旧させずに放置していた。





だが城砦暦107年度の度重なる戦勝とその

成果。すなわちビフレストやトーラナの建設、

北方領域の制圧等を経て、魔軍の脅威に対する

平原内部の安全性が劇的に向上した。


中央城砦による軍事・戦略的な封鎖だけでなく、

トーラナや南往路の防壁による物理的な遮断が

達成されたことで、魔軍が一息に平原へと侵攻

してくる可能性はほぼ潰えた。


これにより、百年来放置してきた騎士団領内の

街道の遺構をも復旧させ、大街道の一部と成さん

とて、昨今ではかなり整備が進んでいた。


主導しているのは大街道の大部分を

己が国土に含む共和制トリクティアだ。


一期前の駐留騎士団であったトリクティア

正規軍の機動大隊の過半数が騎士団領内に

未だ留まっており、戦より道作りが得意と

世に謳われる通りの活躍を成していた。


舗装のための物資については今期の駐留騎士団

であるフェルモリアの鉄騎衆が適宜持ち寄り

提供していた。


フェルモリアの物資でトリクティアが

舗装し完成した道をカエリアが駆ける。


そう世に謳われる通りの状況が

展開されていたのだった。





お陰でトーラナを発ち北東に3000オッピも

進むと荒廃した不整地な原野は鳴りを潜めて

平らかに開けた平野へと変貌を遂げていく。


街道と呼ぶには無理があるままだが舗装の

前段階としての地均しは済んでいるようだ。


遥か上空から見下ろせば一直線の地上絵に

見えるであろう、干上がった川の跡にも似た

その一帯へと至った一行。


すっかり開けた視界の果て、遥か北方に

低からぬ長大な壁を臨みつつ、大街道の

舗装予定地に溢れる轍や馬蹄をなぞり

踏み固めるように真東へと転針した。


現在地を地図に照らして測るなら、大街道の

予定地から遥か北方に見える壁とは都市国家の

南の城壁であるだろう。


トーラナの北方には北城砦が在る。

そして北城砦の東方、要はトーラナの

北東に在るのは城砦騎士団領の王たる公。


クラニール・ブーク連合公爵の所領、

騎士団領ブークブルグが存在した。





北には峻厳にして崇高なる霊峰山脈の麓となる

高原と湖水地方。東には騎士団領のみならず

平原西方最大の都市でもあるアウクシリウム。


西には西域守護城砦が一城、北城砦。

そして南方には遠い昔と近い将来の

大動脈である大街道。


凡そ想定し得る限り最高の地勢に

ブークブルグは存在し、アウクシリウムと

北城砦とをさながら両翼の如く御していた。


サイアスの所領ラインシュタットと同様に

周辺切り取り次第との勝手を得ており、

騎士団領全体を十字に四分したうちの

北西区画を掌握すべく発展中だ。


極めて長期的かつ俯瞰的な視野に立つならば、

騎士団領の北西よりブークブルグが。そして

南東よりラインシュタットが自領に染め上げ

復興させていく。


これに加えて南西区画の復興を赤の覇王

チェルヴェナーの詰めるトーラナが。

北東区画を城砦騎士団の誇る第一戦隊長

オッピドゥスの所領マグナラウタスガルド

が主導すれば実に理想的だ。


事実赤の覇王はトーラナ近郊の屯田を進め

順調に領国としての経営を進めてもいる。


一方マグナラウタスガルドは主たる住民が

特殊な事もあり国土伸張を志向していない。

ゆえにそちらはラインシュタット任せと

企図する向きはあった。





――きっとこれも形見なのだ。

  以前ニティヤがそうしたように。



馬上、胸元を飾る「覇王の心臓」を

軽く撫で、サイアスは思惟に耽っていた。



――死地へと去りてまた還らず。


  二度と祖国に戻る事はない。

  そうした決意の証として、夫共々

  大王位継承権者の証である宝物を、

  部外者な自身へと与えたのではないか。



背に負う十束の剣の柄頭を飾るやはり特大な、

彼女の夫チェルニーが以前褒美に寄越した

黒金剛石の感触を確かめ、サイアスは

瑠璃色の瞳を翳らせていた。


そう、フェルモリア大王国における

王位継承権者の証とは二つなのだ。


一つは色名。今一つは極大粒の黒金剛石ブラックダイヤ

きっとシェドも有してはいるのだろう。

どこぞに打っ棄っている可能性は高いが。



――死なせはしない。誰一人として。



サイアスは脳裏で三者三様に笑む

彼らへと、しかと頷き返していた。


3名とも、もう祖国へと戻る気がない

のだとしても、せめて揃ってトーラナで

暮らせるようにしてやりたい。そう思っていた。



そして。



――そのうちシェドの黒金剛石も貰おう。



死地に臨む王と王妃、王子らの

苛烈で澄明な覚悟への感動はどこへやら。

サイアスはやはりサイアスなのであった。

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