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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十二日目 その六

「さて、随分待たせたな」


仄かに笑んでそう告げるチェルヴェナー。


実の所、台車やアレケンらが登場してより

まだ10分ほどしか経っていなかった。


だが肉娘ら的には最早一日千秋が千秋楽だ。

このままでは涎が雪崩れて雄叫びあげて、

台車に飛び掛り踊り食いしそうだった。


暴動や反乱鎮圧のプロであり多数の猛獣と共に

暮らすチェルヴェナーには、その辺の機微が

染み付いている。肉娘らの我慢は限界で臨界だ。


勿論この辺はチェルヴェナーのみならず

飼い主げなサイアスらにもよぉく判っており、

どこかほっと安堵した風情も見て取れた。


成程苦労していそうだ、などと猛獣飼い

あるあるを感じ内心苦笑するチェルヴェナー。


そしてチェルヴェナーの挙措をロルーシが

実に如才なく汲みとって、1台目の台車の

銀色に光る蓋を取った。





そうして中から現れたのは、円盾大に程近い

恐らくは竹なぞを編んだらしきザルだった。


ザルには緑豊かな何某かの葉が敷かれており、

さらにその上には薄っすらとした赤味と

ふんだんな水気を帯びた細長い、どこか

麺に似た半透明の何かが在った。


一本一本が剣身並みに大振りなその何かは

全て同じ長さに切り揃えられ、鮮やかな緑を

誇る葉物の上でいくらかの束を成して或いは

折り返され或いは渦巻いていた。



おぉ……



一同の大半は何だかよく判らず感嘆し、

一同の一部は未調理だと判じて悲嘆した。


第二戦隊出身の者であれば、べらぼうに

ぶっとい、ザルなサ・ヌゥキなどを

想像した事やも知れぬ。事実ディードは



「およそ及びつかぬほど大振りですが、

 どこか『素麺』に……」



と呟き、一秒、二秒。



「……いえ、これは。

 超特大の『蟹刺し』ですね」



何やら真理に辿り着いたげな頷きを見せた。





「ご明察だ! そう、これは

 かのドカテリヤの刺身だ」


と愉快げに語るチェルヴェナー。


一方その解に多くは首を傾げており、

その様を眺めチェルヴェナーは

益々愉快げであった。



「先刻甲殻の特徴として

『耐熱性が高い』と言ったろう?

 その高さは人智を超えたものでな。


 甲殻の表面が炭化する程焼き尽くしたにも

 関わらず、中身は依然生のままだったのだ。


 驚嘆すべき耐熱性、そして気密性だ。

 まぁそうでも無ければあの腐海では

 生きていけぬのだろうがな。


 とまれタンドリーな連絡路で数時間

 焼いてなお、中身は生のままだったのだ。


 本来なら身を取り出した時点でホクホクに

 仕上がっているはずだったのだが、お陰で

 さらにもう一工夫仕込めたようだ」



一同の大多数がマジマジと。

一同の一部がジュルリ、とする中

再びロルーシが説明を引き取った。



「甲殻への処理は中和や相殺を狙った西方風

 のものですが、中身については東方風です。

 まずは血抜きを。次に熱した塩水に

 薬草と共に浸してさらに流水に曝し

 生食に耐え得る水準にまで仕上げました」



西方料理では臭みを香辛料で打ち消すという。

東方料理では臭みそのものを取り除くという。


以前羽牙、らしきもののから揚げを食す際、

ニティヤからたっぷりと受講したお料理教室を

サイアスは思い出した。だが一方疑義も抱いた。





「『生食に耐え得る』との判断は

 どこから来ているのですか?」


サイアスは疑義を口にした。


一同の大半はそれもそうだと頷いていた。

一同の一部は何でもいいから食いたそうだ。



「あぁそれはもぅ、当地には

 5000を超す兵がおりますので」


「成程、了解しました」



食の道とは茨の道。

珠玉の一皿を生み出すには

無数の犠牲が付き纏うものだ。


一同こぞってうむうむ頷き

それ以上の追求は避けた。



「このままお召し上がり頂く事も勿論可能

 では御座いますが、皆様の御身体は

 天下のもの。万が一があってはなりませぬ。


 そこでやはり最終的には鍋料理と

 言うことにさせて頂きたく存じます」



ロルーシの語る傍らでは分身の如き

厨房員らが2つ目の台車に積まれた鍋を

火に掛けて着々と準備を進め、そして



「それでは皆様どうぞご堪能くださいませ」



遂にそういう事になった。

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