サイアスの千日物語 三十二日目 その三十五
サイアスはロイエの隣の席に着き、食事した。
ロイエはとてもよくしゃべり、厨房長はとてもよく笑っていた。
サイアスは時折ロイエから飛び出す
「ちょっと、あんた聞いてる?」
の問いに適宜無難な返答をしつつ、なんとか食事を終えることができた。
明日の午前中から始まる講義の良い予行演習になった、とサイアスは
すこぶる前向きに受け止めることにした。
食事を終えたサイアスは、厨房長が煎れてくれた茶を
ロイエと三人で喫しつつ、厨房長に問いかけた。
「氷箱って手に入りますか?」
「氷箱、かい? 要は食物を冷やすって話なら、
一応各厨房に氷室もどきはあるけれど、個人用となると
流石に話は聞かないねぇ」
「先日の冷菓や冷えた果実酒などを部屋に取り置きしたいのですが、
なんとかならないでしょうか」
「冷菓!? ちょっと、それは何!?」
早速ロイエが食いついた。サイアスはそれをどう、どう、となだめ、
むしろ怒ったロイエに襲われそうになってカエリアの実を差し出した。
「何というか、きょうだいみたいで微笑ましいねぇ……
ともあれ個人用のはないけれど、仕組み自体はそんなに難しくないし
資材部で材料を分けてもらって自作してみちゃどうだい?」
厨房長は目を細め楽しそうに言った。
「ふむ、自作か……」
サイアスは誰か作れないものかと思案しちらりとロイエを見たものの、
ロイエは作るより壊す方が得意そうだと思い直し、
特に何も口にしなかった。
「……何か今失礼なことを考えたわね、えぇ、判ったわよ!」
サイアスはロイエの勘の鋭さを脅威に感じつつも
そ知らぬ風で受け流し、
「資材部はどこにあるのでしょうか」
と厨房長に問うた。
「近いよ。すぐ脇さ。本城の北西区画さね。
行くならついでに注文書を届けてくれるかい?
調理具の新しいのを頼みたくてねぇ」
そう言うと厨房長はカウンターへ向かって中へ声を掛け、
何やら書類を取り寄せた。
「勿論です。届けてきます。あと先日の冷菓、とても
美味しかったのでまたお願いしたいです。果実酒も数瓶お願いします」
サイアスはそう言うと食器を下げにカウンターへと向かった。
そして食器の代わりに書類を受け取った。
「あー、悪いけど私は先に戻って寝るわ。何だか眠くて仕方ないのよね」
そう言ってロイエは食堂を出て自室へと向かった。
回復祈祷は副作用でどうやら眠気が増すようだった。
サイアスにも眠気はあったが、北往路での戦闘後に
初めて受けたときに比べると、かなり軽微なものであった。
食堂を出たサイアスは、本城西口から内部へと入り資材部へと向かった。
資材部は北西区画の北側、城門に近い一帯を占めており、横開きの巨大な
扉は大きく開け放たれ、台車や滑車、木材や石材、陶器や金属製品といった
様々な物がところ狭しとひしめいており、眺めているだけで
半日は費やせそうな有様だった。
「ここは資材部だ。何か用かい?」
中から警備担当らしい兵士が出てきてサイアスに声をかけた。
「第四戦隊のサイアスです。厨房長から注文書を預かってきました。
それと、資材に関して幾らか伺いたいことがあるのですが」
「おぉ、あんたがあの歌姫? っとほら、あそこに見えてる
じいさまがここの責任者だぜ。書類も質問も任せるといい」
「ありがとうございます」
サイアスは兵士に一礼して奥へと進んだ。奥では年配の男性が
手にした書類を確かめつつ周囲へと差配し、周囲から促されて
サイアスに気付き、手招きをした。
「何か御用かな」
忙しい人物らしく無駄の欠片もない対応に、
サイアスは合わせることにした。
「第四戦隊のサイアスです。
こちら厨房長からの注文書です。それと、氷箱ありませんか」
「注文書、確かに。
氷箱は文字通り氷を輸送するのに使うバカでかいのがある。
それが欲しいのかね?」
「いえ、部屋で食品を冷やすためのものです」
「ふむ、完品はないが素材はある。
作るなら勲功消費で提供しよう」
「是非お願いします」
「よし、待っていたまえ」
男は脇で聞いていた部下に手早く指示し、
部下はさらに数名の部下に声を掛けて、
ひしめく物資の迷路へと飛び込んでいった。そして暫くすると
台車に器や木箱に繊維、コルクなどを積んで戻ってきた。
「保存用の器に焼き固めたコルクで外壁を造り、
隙間に羊毛をつめて木箱に保存。これで高い断熱効果が得られる。
あとは器に氷と一緒に冷やしたいものを入れて置けば、
熱量の乏しいこの荒野なら7日くらいは保つだろう。
氷はいずれ溶けるから、適宜交換するといい」
「了解しました。勲功はいくら必要でしょうか」
「器以外は建材の余りだ。しめて300で結構だ」
「判りました。
第四戦隊兵士サイアス・ラインドルフの所持勲功から引いて下さい」
「ラインドルフ…… 第四戦隊兵士? では氷箱は君が?
……まだほんの新兵と見受けるが。支払うべき勲功をお持ちかね?」
男はもっともといえばもっともな発言をした。
どうやら氷箱も厨房長の要望だと思っていたようだった。
「少々お待ちを…… 確認しました。現在の私の勲功は8470です」
男は目を剥いてぐらりとふらついた。
「そ、そうか…… これは失礼した。
では一つ頼みがあるのだが……」
「? 何でしょうか」
「氷箱の作成を、うちに発注して貰えないだろうか。
最高品質のものを勲功1000にて仕上げるとお約束する」
「是非お願いします」
「おぉ、そうか! ありがたい!
非戦闘員、それも資材部の人手には
勲功を稼ぐ機会が乏しくてな……
これで若手が腐らずに済むというものだ。
朝までに仕上げて営舎までお届けしよう」
「宜しくお願いします」
サイアスはそう言うと、一礼して資材部を去った。




