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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目 その十三

大王の宝と謳われる精鋭衆を束ねるだけあって

流石に如才ない長官殿。美味い料理を作るコツ

がレシピの精確な再現にあると知っている。


そもそも自身の腹減りを満たす食い物のため

なので一切手抜きも容赦もなく、一瞬の誤差

すら許さずきっかり20分を測りきった。


残り30秒からは例の如くにノリノリで

カウントダウンを開始して、やはり腹減りで

飢えた獣の如き配下らと共に盛大に騒ぎ、ゼロ

と同時に雄たけびあげて連絡路へと突き進んだ。


厨房長の指示は時間を測る事だけだ。

にも関わらず一番槍を狙うが如く配下と

競り合う。どうにも辛抱堪らんかったらしい。


才能と人格は一致しないとはよく言われるが

まさにそんな感じの人品の残念さでもって

胃袋の望むがままに連絡路へまっしぐらだった。


平時は開け放たれたままな連絡路2層側の

金属の隔壁を恐るべき統率振りでこじあけて

先を争い突っ込んだ配下の鉄騎衆たちは

しかし途端にバタバタと倒れだした。





「むぅ、何事だ」


と長官殿。


我先に切り込む風を装いつつも、本当に

ヤバそうなトコへはまず配下に突っ込ませる、

人としてはアレだが将帥の鑑の如き長官殿は、

既に厨房長の傍らにまで下がっていた。



「カレー味の熱風でも浴びたんでしょう」



呆れ気味の厨房長。


これが普通の料理であれば、鍋の蓋を開けて

こぼれる熱気や香りの総量もそれなりだが

人と料理のサイズがまるで真逆なために

良い匂いどころでは済まなかったようだ。



「成程! いや、尊い犠牲だった」



納得し一瞬のみ重々しく頷く長官殿。

重症でもなさそうなので取り分が増えた

ラッキー程度にしか思っていなさそうだった。


こいつだけは…… と

いった眼差しの厨房長。



「身体に悪いもんでもなし、

 暫く寝かしときゃ回復しますよ」


「うむ、乙カレー!」


「」



ブホっと噴き出す厨房長以下厨房勢。

不覚にもウケてしまったようだった。





気密性の高い連絡路にこもった芳醇過ぎる

カレー味の熱風も次第に冷め遣って、漸く

人が入れそうな具合に相成った。



「うむ、そろそろ良かろう。

 いざゆかんさぁゆかん!」



と周囲を煽る長官殿。


あつものりてなますを吹く、と

まではいかないが石橋を叩いて渡る風だ。



「ふむ、もぅ一工夫要るでしょうかね……」



一方厨房長は慎重だ。


余熱で中身に火が通る様をも

計算しているのかも知れなかった。



「どういう事かね?」


「まぁちょいとモノを見てみましょう」



訝る長官殿と厨房長は、厨房勢が連絡路内の

燃えカスを撤去すべく賑やかに出入りする

現場へと足を踏み入れた。



連絡路の丁度中央。馬車2台の貨車な部分が

台座に乗せられ安置されていた辺りには、

焼け落ちた家屋の残骸に似た小山があった。



「焼き芋みたいだな……」


「ハハハ。そうかもしれません」



仕事相手には勘弁だが、呑み仲間には

良さそうだ、とフェルモリア王家の男子

総員に通じる評価を長官殿に抱きつつ。


並の武人より遥かに威風堂堂たる恰幅の、

ナマズ髭の厨房長は火掻き棒、では割りに

合わぬので鉄騎衆より借り受けた鉄身の槍で

黒々とした小山をザクザクと。


すぐにガッと音がした。


当たりを付けた厨房長は配下らに指示。

厨房長と瓜二つ過ぎる厨房員らはそれぞれ

鉄身の槍を用いて四苦八苦しつつそれを

掘り出した。





出てきたのは人の胴に良く似た形状の、人の

胴の3倍程の長さの何かだ。件の大形異形の残滓

のうち、デレクが斬り飛ばした脚だと見てとれた。


戦闘したのも車両に詰めたのも夜間の出来事

だったため、この脚本来の色味については

未だ判然とした情報はない。そして今は

完全に炭化してどこまでも炭色だった。



「お、おぃ……

 これはマズいのではないか」



と慌てだす長官殿。


大形異形の外殻は貴重な資料として城郭内の

研究所に引き渡す事になっていた。もっとも

受け取るべき研究員がこぞってぶっ倒れている

がために、現状となってはいるのだが。



「……」



厨房長は険しい眼差しで炭色の巨魁を眺め、

タンドリーな胴に巻きつけるようにして

腕組みし暫し黙考した。


長官殿は責任問題は是が非でも回避したいので

兎に角なんとかせねばと鉄身の槍を引き取って

未だ熱気を放つ蟹、らしきものの脚を突いた。



「あれだけこもっていたカレー臭が

 この脚からはまったくしていないようだ」



何だかんだで冷静に分析する長官殿。



相殺そうさいしたって事でしょうな」



料理に香辛料を使う専らの目的は肉の持つ

生臭さを消す事だ。生臭さをなくすのではなく、

より強力な臭いで上書きし言わば誤魔化すのだ。

平原でも西方ではそういう手法が専らだった。


そういった意味ではカレー粉は抜群の働きを

したようだし、後は炭化してこびり付いている

らしき大湿原由来の汚臭の原因をこそぎ落とせば

諸々丸く収まりそうなものだが、さて……



思案の末、やがて手を打ち厨房長は一言。



「うむ。ここからはコーヒーだ」



どうやらそういう事であった。

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