表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1246/1317

サイアスの千日物語 百六十一日目 その十二

トーラナ城郭の層と層を繋ぐ連絡路そのものを

調理器具に見立て、馬車ごと大形異形の手足を

焼き上げようという、さながら肉娘ばりの無理

無茶無謀は着々と進んだ。


厨房長曰くタンドリーに見立てたとの事だが

そもタンドリーとは縦型だ。円筒状の素焼きの

底から火を炊いて、或いは内壁に貼り付けて。


或いは串に刺して上部で炙り焼くのがいわゆる

タンドール窯であり、此度のこれはどちらかと

いうとピザ窯に近かった。


もっとも料理史上前人未到の偉大なる一歩を

踏み出す事を思えば、その程度の差異は

些事も些事だった。



気密性の高めな連絡路には今や

凄まじいまでのカレー臭が満ちている。


カレー粉はその強烈なる芳醇さであらゆる

天然素材の放つ香りを上書きしてやまぬ、

いわば香辛料の絶対強者だ。


一方大湿原由来の悪臭は大量破壊兵器と胡椒

否、呼称しても差し支えない水準の凶悪さだ。


そう、つまりこれは荒野に巣食う異形らと

平原を護る城砦騎士との戦いに置き換え

見做す事もできよう。と、今はノリノリで

司会しギャラリーを煽りまくる鉄騎衆の長官殿。


フェルモリア王家に連なる血筋の男子らは

お茶らけはっちゃけ踊りポージングせねば

生きてはいけぬ「呪われた血」を有すという。


生来のトリックスター振りを遺憾なく発揮し

長官殿はヒートアップ。フェルモリア王家

御用達な愛読書記載のポージングもキレキレだ。

ちなみに妻子ある身な40代であった。



とりあえず暫くは逃げそうにないので好きに

させつつ、厨房長は最後の指示を出した。

最後の指示とは連絡路からの総員撤収。

そして着火。そういう事だった。





トーラナでは城砦騎士団の用いる時間制が

全面的に採用されている。再現されていない

のは第一戦隊仕様の食事形態くらいのものだ。


ゆえに少なくとも城郭内で勤務中な者らは

平時は毎日決まった時間に食事をとっていた。


一日3食。


当節平原では朝夕の1日2食が主流であり

城砦騎士団の各厨房でも食事の提供は

日に2度までが無料。それ以上は

勲功消費の対象だった。


平原全土から集積される膨大な物資に加え

近郊での屯田により、トーラナには

常に潤沢な糧秣りょうまつが備わっている。


つまり常住坐臥じょうじゅうざが、生涯食べ盛りな兵士らにとり、

トーラナ駐留は大当たりの類であった。時折

やらかして覇王の機嫌を損ね物理的に大当たり

を引く輩もいたがそれはそれ。


とまれ朝昼晩、一日3食のうち中央帯な

2食目がそろそろだ。昼飯時が鉄火場である

厨房員らはともかくとして、日々徹底的に

餌付けされている鉄騎衆らの方はもぅ、

完全に腹減りモードに入っている。


空腹は最高の調味料だという。


連絡路から漏れくるむはっとした熱気。


そしてそれに乗りほわっと流れきて鼻腔をくすぐ

カレーの香りにクラクラと眩暈を覚えつつ、

とりあえず何でも良いから食わしてくれ

と叫ばんばかりの有様で悶える長官以下鉄騎衆。


厨房長としてはまさにしたりという所だった。





厨房長も厨房員らも、調理すべき食材である

大形異形の脚と鋏を、未だ目視していなかった。


よってどの程度の火力と時間を費やしたなら

望み通りに仕上がるものか、これっぽっち

も見当がつかぬ。そこで厨房長としては

とりあえず小一時間。


そこから先は様子を見つつ燃料を追加するか

とそんな腹積もりで構えていたものだが、

数分前後経過した辺りで


「なぁ厨房長。

 そろそろ良いのではないか?」


と長官殿。


「何言ってるんです。

 まだ馬車だって焼けちゃいませんよ」


と厨房長。


長官殿はそれもそうかと引き下がった。


が、さらに数分後。



「うむ、そろそろだな?

 そろそろだろうそうだろう!」



と騒ぎ出す長官殿。


一言で言えば落ち着きがなかった。


「何言ってるんです。

 まだ馬車が焼けた辺りですよ」


と厨房長。


実に手馴れたあしらい振りで、

長官殿は腕組みし唸り引き下がった。


そして再び数分後。



「厨房長、流石にもぅ良いだろう!

 これ以上は無理だ! 無理なのだ!」



と激しく身振り手振りして情熱的に

訴える長官殿。もぅ待つの無理ぃ!

訳したならばそういう事だ。



「何言ってるんです。

 ここからようやく殻の中にも

 火が通ろうかってとこですよ」



と半笑いの厨房長。


本当か!? 本当だろうな!? と

ごねつつ辛うじて食い下がる長官殿だった。


 



その後も数分毎に長官殿はごね倒し、

その度毎に厨房長はあしらった。流石に

500名を仕切る職人の長。歴戦の料理人だ。

クレーマーのあしらいなぞお手のものだった。


その一方で厨房長はある事に気付いた。

この長官殿はきっかり3分毎に騒ぎ出すと

言うことだ。


当節の平原において携帯時計なぞは

領主や王侯貴族くらいしか所持していない。


料理に活かせとの赤の覇王の厚意により

厨房にはいくつかの置時計が設置されている。


だがここは厨房ではない。連絡路の外側の

ありふれた通路であり時計の設置は見られない。

時間の経過を精確に把握する術は乏しかった。


厨房長は自身の脳裏で数字を数え、漂う匂いと

歴戦の勘を活かして焼き時間を判断する算段

であったのだが、



「おや長官殿、良いものをお持ちで」



と3分毎の時報の如き長官殿が何やら手にした

小道具をチラ見しガン見しているのに気付いた。



「ぅむ? 時計の事か?

 ッハハ! 良いだろう!」



早速得意げに見せびらかす長官殿。

繰り返すがこれでも妻子ある40代だ。



「そうですな! では拝借」



あっと言う間もなく取り上げて

しげしげと物色する厨房長。


取り返さんとてがっしぼっかと

向かってくる長官殿を配下に任せ、

これまでの流れに合わせ時間を確認。


どうやら調理開始より概ね20分が

経過しているらしい事を把握した。



「車両のデカさからいって、

 仕上がりは45分てとこでしょうな。

 あと20分も待てば良い塩梅になる。

 そしたら教えてくださいよ」



厨房長はニタリと笑んで時計を返した。


すっかり焼きあがったが如くブンむくれる

長官殿や腹減りの余り失神しそうな配下の

鉄騎衆、そして呆れ気味な厨房勢。


未だ当地に居残る数十名の人だかりは

こうして残る20分を待ちぼうけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ