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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目 その十一

トーラナ中枢のその通路は、

それから一気に慌しくなった。


北往路並みと往来には十二分な広さの通路は

2層側から次々に現れる、何故だか厨房長と

瓜二つな恰幅の良さな厨房員らで押し合い

へし合い、活気と熱気で真夏に戻った風だ。


胴と呼ぶには余りにタンドリーな、

ずば抜けた恰幅をしたナマズ髭の厨房長は

楽器めいた重厚な低音と高音を響かせて

矢継ぎ早に指示を飛ばす。


すると2層側からまろび出る、世に三人以上

いるのは不具合に思われる実に長そっくりな

厨房員らがこれに負けじと復唱する。


その様は一言で言えば昼飯時の厨房。

食の戦を戦う鉄火場そのものであった。



彼らは通路中央の2台の車両を連絡路と並行に

連ねて並べ、その周囲には積み木細工の如く

薪を組み上げ藁をちりばめていく。


一方2台の車両そのものへも口元に布を巻いた

少なからぬ人手が取り付いて、車輪を外して

台座に固定し金具を取り去り目張りには

たっぷりと油を塗りたくった。


次にくまなく油塗れとなった車両には全体を

包み込むように何某かの粉末が擦り込まれた。

粉末は黒から茶、または黄褐色で一色に染まり

きってはおらず、複数の素材によるものだと

見て取れた。


油ぎった表面の総てを粉末が覆ったら

さらに油がこれでもかと塗布され、

その上さらに粉末が塗り込められる。


これを何度も繰り返すうち車両は一回り

大きくなり、仄かに漏れて人だかりの顔を

しこたま歪めていた危険きわまる汚臭は失せ。


代わりに周囲には芳醇な香辛料の香りが

満ちて鼻腔を擽り出したのだった。





1層目から車両を運んできた貧乏くじな人々は

そうした2層の厨房勢の八面六臂振りを、半ば

呆けたように見つめていた。


当初こそ、自身の鎧の肩甲を万力の如く

鷲掴む、寸胴でナマズ髭な厨房長に対して



「えぇい王族の首根っこを引っ掴むな!

 この期に及んで逃げも隠れもせんわ!」



とのたまい逃亡を図り暴れていた

ツッコミ所満載の鉄騎衆の長官も



「……何をしているのだ?」



と今は状況に興味津々だ。


自身らの上長が取り押さえられているため

役目上見捨てて逃げるわけにも行かず、

実に恨めしげに長官を見つめる配下たち。


彼らとしても一体厨房勢が何を成そうとして

いるのか――いや、多分に予測は付くのだが

――には、やはり興味津々といった風だった。



「フェルモリア四千年の歴史ってヤツです」


「お、おぅ……」



激しくドヤるナマズ髭の厨房長。

取りあえず相槌を打つ鉄騎衆長官。


ちなみにフェルモリアは建国200年弱だ。



「厨房にゃ運び込めませんのでね。

 この場で料理しちまいます。あぁ、

 陛下には長官殿の名で御裁可を」


「ファッ!? 何しょるばってん!?」



どこぞの第七王子ばりに声をくるっくるに

裏返し、実に謎めく言葉を発する長官殿。

蓋しフェルモリア王家のたしなみであろうか。



覇王の王宮は同地より遥かに西の奥だ。

今から配下を送ったところで、厨房長が

出した使者には追いつけまい。つまりは

してやられたと言う事だった。





「なぁに数時間もありゃ元通りです。

 むしろ長官殿の武勇伝になるのでは」


シレっと笑う厨房長。



「う、ぅぉのれ……

 まぁ今更どうしようもないわぃ!

 そぃでありゃあ何しよっとか!!」



自棄になり割と顔真っ赤でがなる長官殿。

長官と一蓮托生過ぎる配下の鉄騎衆のジト目が

ズブズブととても容赦なく刺さりまくっていた。



「甲殻に付着した汚臭の原因。こぃつを

 この連絡路そのものをタンドリーに見立て、

 車両ごと一気に焼き飛ばしちまいます。


 信じられんほどエグい悪臭だが、まぁ、

 下拵え前の食材にゃよくある事です。

 手間暇掛けりゃどうとでもなりますとも。


 たっぷり塗りたくった極上のオリーブ油と

 我が国自慢のカレー粉がありゃ、どんな

 臭いでも必殺して上書きしちまいさぁ」



自身のタンドリーな胴を揺すって

呵呵大笑する厨房長。



「そんな無茶な!?」



絶叫後絶句する長官殿。


配下らも驚きのリアクションを

取るのにまるで余念がなかった。



ともあれ蓋し無茶ではあるが、けして

無理ではない。恐らくそうに相違あるまい。


現に城砦騎士団の誇る肉娘らも、この

厨房長と同じ事を敢行しようとしていた。


もっともあちらは長年調理に携わってきた

厨房長の如き百戦錬磨ゆえの判断ではなく、

単に肉に目が眩んだがゆえの帰結だったが。





「……委細判った。私も王族の端くれだ。

 この期に及んで逃げも隠れもせぬ。

 食堂で完成を待たせて貰おう」


とのたまって、長官は再度の逃亡を図った。



「逃がすわきゃないでしょうが」



フンと鼻でせせら笑って肩甲を鷲掴む

その手にさらなる力を加える厨房長。



「王族ゆえ逃げぬと

 何度も何度も言うておろう!」



すっかり憤慨し暴れる長官殿。

ちなみに二度しか言っていない。



「王家の男の吐く台詞を真に受ける

 阿呆はフェルモリアにゃ居ませんぜ」


「何だと! 無礼な!」



さらに喚いて逃走を図り、遂には手空きの

厨房員ら数名にみちっと団子状態で挟まれた

自業自得の長官殿。まさに王家の呪われた血だ。



「大体、此度の注文は荒野からのお客人の

 ためのものだぞ! 私が食べてしまっては

 駄目だろ! そうだそうだ! そうだとも!」



前後左右をみっちりとした肉厚の厨房員に

挟まれおしくらまんじゅう気味な長官殿は

ついに説得力のある正論に辿り着いた。


そして論への自信ゆえにか逃亡を図るのを

止めてむっちりした中ドヤついた。



「勿論そいつは仰せの通り。

 料理の主賓はお客人ですが」



すんなり納得する厨房長はほれみろと

勝ち誇る長官殿に向きなおった。



「いきなりお出しはできませんので。

 つまりは試食をお願いしますぜ」



ニタニタの厨房長。

長官殿は天を仰いだ。

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