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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目 その十

トーラナの城郭部分は三層立て。

建てではなくて、立てである。

Eと言うよりはШであった。


つまりは水平方向に3区画。奥の層は別途

階層をも有しており、南北方向より臨むなら

西から東へと下る階段に似た姿を見せていた。



赤の覇王その人により笑顔と共にかき抱く

ように案内され――無論「かき抱く」対象は

美形揃いの某一家限定だが――サイアスら

帰境の一行がトーラナ最奥の王宮へ移った後。


午前11時になろうかという頃。


城郭の東から1層目と2層目の境界域。

つまりは城郭のど真ん中にあたる付近には、

ちょっとした人だかりが出来ていた。



人だかりを成す大半は非武装だ。

体格的にも非戦闘員であるように見える。

人だかる彼らは互いに近場と顔を見合わせ、

ついでにしかめまくっていた。


城郭の1層目には軍事施設が集中している。

2層目は1層目で勤める者らのための住まいだ。

狭間なここは堅固な隔壁を有する連絡路だ。


連絡路は数本存在するが中でもここは中枢

かつ最大で、城内施設ながら北往路に迫る

大広間の如き規模であった。


そこに人だかりが出来ている。


無論城郭の運営上けして望ましい事ではない。

覇王の機嫌を損ねれば次の朝は来ないので

人だかる彼らは皆必死。こぞって必死に

困惑しきっていた。





「厨房を預かる身としては、

 コイツを奥へは通せませんな……」


恐ろしく恰幅の良い、なまず髭が目立つ男。

恐らくは厨房長らしき彼はにべもなく言った。


トーラナ城郭の2層目な兵員の居住区には

トーラナ兵数千名の胃袋を預かる厨房がある。

トーラナでは中央城砦の時間制を完全に採用

しているため厨房も昼夜を問わず常に稼動する。


厨房だけで500名を数える。

束ねる彼は将官に相当した。


厨房に連なる食堂の収容員数は5000席。

実に堂々たる大伽藍だが、だがしかし。かの

ヴァルハラの半分ほどの規模でしかなかった。


つまりいかに城砦騎士団の防衛主軍たる

第一戦隊がもの凄まじいか判ろうというものだ。



とまれ彼の指差すその先では、隔壁

よろしく通路を塞ぐ大型車両が停まっていた。


トーラナと中央城砦とを行き来する

輸送部隊の大型貨車であり、随所に旅塵や

疲労感はあるものの至って健全な外観だ。


ただし。


かなりの気密性を誇りさらに外から厳重に

目張りも施されているそれらの車両からは

えもいわれぬ、そう。到底筆舌に尽くし難い

濃密で凄絶な香りが漏れていた。





ガワ(・・)は手前で引き取るって話でしょう?

 中身だけ寄越して頂きたい。直に仕上がる

 昼飯が大湿原味になっちまったら

 私らの首だけじゃ済みませんぜ……」


彼にとって幸いなことに、王宮と城郭では

厨房が別だ。彼は西方諸国連合軍の拠点

としてのトーラナの厨房長なのだ。


よって赤の覇王その人のための厨房が

異臭汚臭に塗れる事はない。が、それでも

兵員数千名分の食い物の恨みは恐ろしい。

大湿原風の昼飯が命に関わるのは確かだろう。



「……先刻車両を開封しようとした

 研究所の連中が軒並み昏倒した。

 密封状態が良すぎたらしい。


 連中は今も意識が戻らんのだ。

 生ものらしいし腐らせるわけにも

 いかんだろう? 是非ともそちらで

 手早く処理してくれ」



沈痛な面持ちでそう語るのは鉄騎衆の長。

帰境の一行に同行していた部隊長の上官だ。


今期の駐留騎士団全体の長でもあり、

フェルモリア大王家の遠縁でもあった。


昨夜帰境が討った大形異形の残滓たる巨大な

足と鋏とは、まずは最も東手な1層目へと運ばれ

対異形戦闘を研究する施設へと預けられたのだが、

そこで惨事が起きたらしい。


平原の兵らの殆どは、荒野を伝聞でしか知らぬ。

最西端なトーラナの兵であっても実際に大湿原

まで寄るのは稀だ。研究員は言うまでもない。


そうした点で油断があったものか、それとも

用心をブチ抜くほどに強烈であったか。


とまれ研究員は根こそぎダウンしてしまい

引き取りようがないとの事だ。



「とっくに腐ってるんじゃないですかね……」


と厨房の長。


「いいや、腐ったらきっとこれ以上だ」


と鉄騎衆の長。


輸送任務で北往路を往来し、

大湿原に近寄った事があった。



「そもそも食えるものなので?」


「何であれ、食えるように

 料理するのがお主らの役目だ」



層と層の狭間であり非常用の隔壁をも有する

この場所自体、気密性が高い。車両から漏れる

臭気は次第に連絡路内に充満しつつある。

遠からずこの場でも失神者が出るだろう。


とまれかくまれ鉄騎衆の長も厨房の長も

苦虫の群れを踊り食いしたような顔であった。





「痛いところを衝いてくれますな。

 まぁこのままじゃらちが明かねぇのは

 確かだ。調理法も思い付かん訳じゃない」


一流の職人は出来ぬの一言を蛇蝎だかつの如く嫌う。

連合軍数千名の胃袋を預かる厨房長には相応の

矜持がある。あの手の煽りには掛からざるを

得なかったし、秘策も無いわけではないようだ。


「おぉ、流石だな!

 是非それで頼むぞ!」


言質は取ったし役目は果たした。

ならばあとは全力で逃亡するのみ。


騎兵に退路ありとはこういう事だ、と

内心ドヤ顔でほくそ笑みつつきびすを返す

鉄騎衆の長。ここまで車両を運んできた

彼の配下らもほっとして彼にならった。が



グァシッ!!



と音を響かせて一歩も足を踏み出せず。


鉄騎衆の長の肩甲を砕かんばかりに掴んで

止める厨房の長の恰幅の良い胴の上、顰めに

顰めたその顔で、ナマズな髭が笑みに泳いだ。



「……お客さん、どこへ行くので?

 注文したからにゃ食ってって貰いますぜ」



料理人が料理をするのは

料理を食わせる客のため。


そう言わんばかりの厨房の長は

実にドスの聞いた声でドヤった。


一蓮托生、共に奈落へ落ちようぞ。

つまりはそういう事になった。

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