サイアスの千日物語 百六十一日目 その九
トーラナは西方諸国連合の本部が在る
平原西方最大の都市アウクシリウムと同じく
城砦騎士団領内ながら西方諸国連合軍の拠点だ。
トーラナに詰めるのはつまり連合軍の手勢だ。
平原基準の戦闘員と非戦闘員が合わせて
1万弱ほど常駐し、実質的な四つ目の
西域守護城砦を担っていた。
血の宴による文明崩壊からの復興に専心する
西方諸国連合加盟国の大半は常備軍を有さない。
常備軍の運営には膨大な人資物資を必要とする。
連合加盟国間には恒常的な不戦協定が在る上
物資並びに兵士提供義務が国力を圧迫する。
ゆえに治安の確保に用いる分を除く兵を
擁するだけの余力が無かった。
ゆえに連合軍の主力とは連合諸国家の最東端
を掠める格好な平原中央の三大国家。すなわち
北からカエリア王国、共和制トリクティア。
そしてフェルモリア大王国からの派遣軍だった。
騎士団領はかつての血の宴において
魔軍が実際に侵攻し蹂躙した災厄の地だ。
仮に再び血の宴が起これば再び滅んで
しかるべき禁忌の地。そして西方諸国は
騎士団領の東手に接する形で存在する。
平原中央の三大国家にとってはどちらも魔軍
との緩衝域であり保険のための余白なのだ。
ゆえに転ばぬ先の杖として全力で連合軍の
戦をしている。そういう事であった。
だがもし仮に。
城砦暦107年度の人の軍勢が成し遂げた
未曾有の勝利が今後も継続して起こり得るなら。
つまりは城砦騎士団が荒野東域の支配を
磐石のものとして平原内の騎士団領が
魔軍への保険な緩衝域ではなくなったなら。
連合して当たる強大なる敵が潰え、あらゆる
意味で余勢を得た三大国家や西方諸国では
どのような情勢を迎えるか。
フェルモリア大王国の主ズラトーが、実の
妹であり同国最強と名高いチェルヴェナーを
国内の反乱鎮圧を切り上げさせてまでトーラナ
へと送り込んだのは、その解の一つであった。
もっとも赤の覇王たるチェルヴェナーには
チェルヴェナー自身の思惑があるようだ。
その全容は現段階では杳として知れぬ。
だが少なくとも騎士団にとり悪しかれと
企図するものではないらしい。それは実際に
対面した騎士団員らが自然にそれと感じる
ところでもあった。
聳え立つ黒壁の裏手、東側に在るトーラナの
本体たる城郭は、円と四角とで出来ていた。
黒壁の裏手、中央付近には壁面に並行して
複数の巨大な塔が列を成す。落成当初は三つ
だった。その後防壁の伸張と共に増え、今は
七つと成っている。
どれも高さは10オッピある黒壁以下。
ただし直径は50オッピほどと極太だ。
中でも最初期に建てられた中央の三つ。
さらにそのうち中央の一つはその直径が
200オッピを超える。塔というより
べらぼうに巨大な切り株のようであった。
中央の特大のものを除くそれらの塔とは
一言で言えば貯蔵庫だ。従来アウクシリウムが
担ってきた物資集積を引き継ぐべく、まずは
中央の2塔が用意され、防壁の伸張と近郊の
屯田が進み、同地が豊かになるに連れ増えた。
6つの塔の中身としては、それぞれが
中央城砦のための物資1年分に相当する。
昨今の某辺境伯による鬼のような使い込みを
度外視して考えたなら、中央城砦自体にも
普段は数年分の物資が常備されている。
仮に今後騎士団領が孤立無援となった際でも
10年は中央城砦をもたせる事ができる。
そういう状態でもあった。
中央の出鱈目にデカい切り株的な塔は王宮だ。
フェルモリア大王国第一藩国イェデン王妃たる
赤の覇王チェルヴェナー・フェルモリアその人
が起居し執務にあたるためのものであった。
魔と魔の眷属の棲家たる荒野の間際。
災禍の痕跡を当時のそのままに残す当地。
軍事拠点トーラナの要に終の住まいを置く。
それは、死地に臨んで復還らず。そうした
武人らしい覚悟の表れとも取れたし、兄たる
大王の意を汲んだ先々の布石とも見做し得る。
とまれ赤の覇王は自身の近衛隊をはじめとする
精鋭衆と家臣団をごっそり5千も引き連れて、
この地で覇王をやっていた。
つまりトーラナに駐屯する員数の半分は
赤の覇王その人の子飼い。残る半分が
フェルモリア大王国からの派遣も含む
西方諸国連合軍の手勢だという事だ。
さらに申さば今期の駐留騎士団が同大王国の
鉄騎衆であるため、実質当座のトーラナは
赤の覇王軍と言っても差し支えなかった。
さてこれら南北に列する七つの塔の東側に
七つの塔を西の一辺と成し、軍事拠点として
のトーラナが在った。
七つの塔をも連結して四方を城壁で囲い、
俯瞰すれば縦長の長方形だ。ただし横から
見れば西が高い階段状になっている。
3層立て。
どの層も平原の城館の3倍は天井が高い。
これはかの城砦騎士団第一戦隊長オッピドゥス
子爵をはじめとする巨人族の末裔を気遣っての
ものではない。
我が子の如き戦象クリシュナが不自由なく
動き回れるようにとの配慮だ。結果的に
帰境の最中に立ち寄ったオッピドゥスが
うろつくにも特段の不都合は無かった。
一層目は連合軍の軍事拠点として。
二層目は彼らの起居する宿舎として。
三層目は西手の王宮とも連絡しており
城砦騎士団員や西方諸国連合軍の将官
などが専らの利用者となっていた。
城砦騎士団の幹部や連合諸国の王侯は
三層を通り抜けた西手の王宮側へと至り
そちらに滞在するのが常だ。
サイアスら一行は王宮側の4階、貴賓用の
客間へと案内され、まずは夜に催す歓待の
宴席まで、ゆるりと休むよう勧められた。




