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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目 その八

トーラナとは平原南部、今はフェルモリア

大王国の在る辺りの古語で「山門」を意味する。


古来、人は山を死した魂の向かう先と見立てた。

異界への入り口という訳だ。そして現世との

狭間と観るに相応しい場所に門を立てて祀った。


つまりトーラナとは冥界の門なのだ。


荒野に在りて世を統べる魔と魔を神と崇める

眷属たる異形らが跳梁し闊歩する荒野。


そこは人の住処に隣り合う

逃れられぬ死の巣食う大地だ。


立って祀るのは平地だが、この地を護る拠点

としては、トーラナとは相応しい名であった。



荒野の只中に突出して在る囮の餌箱として

魔軍を誘わねばならぬ中央城砦とは異なって、

北城砦やトーラナの防壁は魔軍を平原へと

入れぬためにある。


よって容赦なく高く、厚い。


建設から今日まで改築を繰り返して

この頃には実に高さ10オッピ。


北城砦を上回り、中央城砦外郭防壁に三倍

するくろがねの壁が南北1000オッピだ。

聳え立つ黒壁の威容は魔軍の意気を

真っ向から殺ぎに掛かっていた。





西手たる荒野最東端、大湿原との狭間より

見上げるトーラナの印象とはそういったものだ。


だが一度これを空より観たなら、

また異なった印象を持つかも知れない。


800オッピ四方をぐるりと囲い切る

中央城砦とは異なって、トーラナの防壁は

西側のみ。荒野の境目のみを遮断する、言わば

衝立ついたてかたどっていた。


つまりは恐ろしく大規模で縦長な「[」だ。

そうして衝立の裏側に軍事拠点としての

城郭が存在した。


トーラナの防壁には一切の入り口が無い。

どこまでも無垢に西からの侵入を阻む。

要するに開かずの門なのだ。


荒野側から城郭へと入りたければ黒壁を

北か南へと大きく迂回し回り込む必要がある。


帰境の一行は他の隊と同様に大湿原の北辺な

北往路を通って同地へと至っており、自然

北回りでの入城を企図していた。


ゆえに今度こそ歓待せんと待ち受ける

軍勢もまた、黒壁の北手に布陣していた。


そして遂にそれらから200オッピ程に迫った

一行は、出迎えの部隊の中央に無数の篝火を

左右に従えた一際小高い影があるのに気付いた。



「ほぅ、ご城主自らお出迎えか」



小山のような黒影に目を細め

愉快げにそう語るベオルク。



「あれは…… 象、ですか?」



取り出した遠眼鏡で往く手を確かめ

そうベオルクへ問い掛けるサイアス。


小山の正体たる存在を目にするのは

これが初めての事だった。



「うむ。覇王の乗騎で

『クリシュナ』という。

 世にも稀な漆黒の戦象だ」


「おー」



サイアスやシヴァ、さらに後方の車両から

身を乗り出すベリルらはすっかり興味津々

となっていた。





東西に長い楕円をした平原のうち中央南部を

占めるフェルモリア大王国。北方から中部は

山地や高原が横たわる涼やかな高地であり、

南部は海に面した暑めの低地であった。


昨今中央城砦の車両に採用された車輪を覆う

「靴」の素材たるゴムと同様、象は大王国内

でも南方に位置する藩国産だ。


フェルモリアの戦象はカエリアの軍馬と並ぶ

国軍の象徴的な存在だが、実際に運用例を

目にする機会はなかなか無かった。



「あれが荒野の戦で使えれば

 随分楽できそうだけどなー」



と名馬フレックの背で萎縮気味に

こっそり小声でそう語るデレク。


この距離にして既に当代三女傑が一人

である赤の覇王にビビっている。



「象は寒いの苦手なんだ」


「するとあの篝火は象のため?」


「ぞーぞー」


「……」



ビビってはいるが相変わらずだった。





やがて帰境の一行が赤の覇王自ら率いる

歓待の軍勢へと近寄ると、戦象の周囲を

ぐるりと囲って冬の荒野を夏場にしていた

多数の篝火が一斉に動き出す。


特段の号令もないままに、篝火を抱えた

兵らは挙動し、やがて一行と覇王の戦象の

狭間に炎で囲った道を作り出した。


さながら玉座へと続く真紅のカーペットの如く

篝火は一行の道行きを覇王の下へと繋げた。



炎の道は10オッピほどだ。


車両ごと寄る幅はあるものの、そのまま

寄るのも如何なものか、と一行が足並みを

止めるや否や、むしろ待ち受けるはずの戦象が

ズシンズシンと寄ってきた。



赤の覇王の愛象たるクリシュナは常の象とは

大きく異なり鈍色ではなく漆黒の肌を有し

覇王自ら打ち鍛えたとされる黒地に金縁の

装甲を纏って、さながら歩く砦の如く

近付いてくる。



その様にどこか懐かしさを覚えた風に、

一行は一向に動揺する様を見せなかった。



「何だ、まったく驚いてくれぬな」



優に1オッピはある戦象の背の

やはり自身で手掛けた鞍らしき座所から

笑みを含んだ声がした。



「似た光景を見慣れておりますもので」



某戦隊長がのし歩くその様を

すっかり見慣れている一行としては、

少なくとも驚天動地な仰天はなかった。





「フフ、成程な……

 貴公がサイアス卿だな」


取り立てて命ずるまでもなく自ら膝を折り

さながら携帯玉座の如く鎮座する覇王の乗騎、

戦象クリシュナ。主への絶対の忠誠と愛情を

垣間見せるその挙措に



「御意に御座います。

 陛下、クリシュナ殿下。

 歓待心より感謝致します」



戦地ゆえまずは馬上より一礼するサイアス。

次いで下馬しようとするのを覇王は制止した。



「我が子も同然なクリシュナに

 敬意を払ってくれる事を嬉しく思う。


 こうして顔を合わすのは初めてだが

 貴公にはかねてより世話になり通しだ。


 夫と甥がいつも済まぬな……

 貴公らは最早他人とは思えぬよ。


 さぁ堅苦しいのは抜きにして

 ベオルク殿やご家族共々、

 是非ともゆるりと寛いでくれ」



赤の覇王チェルヴェナー・フェルモリアは

天下に轟く武名にそぐわぬ実に優しげな

眼差しをして、座所より手招きするように

一行へと手を差し伸べた。


こうしてサイアスら帰境の一行は

荒野と平原の狭間を護る軍事拠点

トーラナへと至ったのだった。

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