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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目 その七

「成程、流石はベリルだ」


ムフン、と野太く笑むベオルク。

ここ最近で一番のニタ付き振りであった。



一行は休憩を終えて旅程に戻っている。

トーラナまでは残り1000オッピ程だ。


ここまで来るとあちらの出迎えの都合を鑑み

むしろ急いで駆け込まぬ方が良かろうと観て

凱旋行進的な意味合いも込め、並足のみだ。


既に往く手の地平の果て、聳える黒壁の

手前には、新たな出迎えの部隊のもの

らしき金属の煌きが見え隠れしていた。


昨夕一行の迎えに現れた近衛隊100名は

未だ往路内に留まって施工と警護に尽力中だ。

その埋め合わせという事らしかった。



「確か、話す剣も持ってたなー。

 こりゃゆくゆくは魔剣使いかねぇ」


とデレク。


これからヤバいトコでヤバい方に会わねば

ならぬため、上司の機嫌は出来るだけ取って

置きたい意向でもあった。



「何、魔剣である必要はない。

 サイアス宜しく魔法剣士でどうだ」



とベオルク。


流石に魔剣を勧める気はないようだ。



樹印ルーンですか?

 戦闘以外にも使えて良さそうですね」



サイアスもまたお澄ましながら

ニヤニヤを隠し切れぬ風だ。


もっともこちらは別の理由もある。

そちらを鑑みれば已む無しと言えた。





荒野と平原の狭間な一帯の上空100オッピを

カッポカッポと音も無く闊歩するシヴァの背で

取り巻く状況をこれっぽっちも鑑みんと何やら

会話に夢中なサイアスとニティヤ。


そんな両親のアレっぷりを他所に、ベリルは

『サイアスの用いた魔術』である魔法の地図に

はねつきにゃんこの落書きをしていた。


「魔法の地図」とはサイアスがセラエノより

譲られてその身の内に取り込んだ魔術の術式

そのものだ。


「虚空のソレア」と同様に、魔術として発動

していても術式たる地図そのものは常に

サイアスの身の内のみにある。


気力を介して具象化した水面或いは光の膜に

似た界面は、飽くまで投影に過ぎないのだ。

肉球をプニっと押して飛び出た爪よりも、

なお手の出し難い存在なのだった。


だがベリルはそんな魔法の地図に。

サイアスの身の内にしか存在しない術式に

はねつきにゃんこの落書きをしてのけた。


つまりはサイアスの魔術の履行に直接介入

している。そういう見解が成り立つのだった。


要はサイアスが一人で履行しているはずの

魔術に対し、ベリルがこっそりと――

恐らくは無意識裡に――手を貸している。

そういう事だ。


さながら儀式魔術の詠唱に参じるが如く。

それもシェドと異なり事前説明一切無し。

未知の魔術へ、ぶっつけ本番で。


ベリルは無意識裡に参画し

あまつさえ落書きで上書きを。


魔術の素養の発現と、術者への高い親和性

なくしてはまず成し得ない芸当であった。


逆説的にこの出来事は、ベリルが魔術の仕手

であり所持者なサイアスと、極めて高い親和性

を有しているとの証左ともなる。


つまりは親子の絆だという事だ。


サイアスはこれが何より嬉しく、

それゆえベオルク宜しくムフフ

ウフフと大層ご満悦だった。





闇夜の宴と黒の月が済んだ後。

帰境作戦と並行して主催された、

かの「魔笛作戦」がたけなわであった頃。


サイアス一家は参謀部の厚意により

揃って魔術の講義を受ける機会を得た。


姉たるヴァディスによって成されたこの

講義は考え得る限り最大の成果をもたらし、

サイアス一家とランド及びステラは技能と

しての魔術の萌芽を得た。


具体的には受講者全員が「魔術技能」へと

「成果値」を得たのだ。技能値0が1に至る

には成果値が100要る。連日の講義で得た

成果値だけではこれに届かず、つまりその場の

大半は、初心者研修だけ受けた魔術の訓練生、

そういった具合に成っていた。


もっとも魔術技能は飽くまで技術。知識の

集大成であるに過ぎず、実用するには

別途「魔術の素養」が不可欠となる。


こちらについては個々人が魔術的経験を経て、

魔との親和性である「魔力」を高めねばならぬ。

要は才能が要るという事だ。


魔力は荒野で人智の外なる事象に触れる事で。

有り体に言えば異形と遭遇しかつ生き残る事で

獲得され、歴戦を経て高まる事がある。


魔力は魔との親和性であり、高まる毎に人の理

からは遠ざかる。そしてその際何らかの特殊な

才覚と呼ぶべきものを発現する事があり、

それが例えば「軍師の目」や「魔術の素養」

の萌芽であった。


ベリルは未だ9歳の童女でありながら

荒野の死地の最前線に立ち、自身が武器を

振るって異形を屠る、そうした機会こそない

にしても、上位眷属を含む魔軍との死闘に命を

晒し、自身の役目を果たして生還を重ねていた。


ベリルが荒野の戦場で担う役割ロールは衛生士だ。

言わば最前線における後方支援であって、

立ち居地としては参謀部の軍師や祈祷士に近い。


物理戦闘を担う兵士であれば対異形戦闘での

平原を超越した膨大な経験は戦闘に用いた

技能や能力へと充当される。


近接戦を行わぬベリルの場合は自身の担う

衛生士の四大技能。すなわち「観測」「処置」

「投薬」「治療」に成果値が充当される事が

専らで、魔力の発現もそちらに向かう。


そうした過程で得られたのが「魔術の素養」

だったと言う事だろう。自然、回復祈祷の

使い手たる祈祷士として大成する可能性も

垣間見えていた。





「ウフフ、一枚目ができたわ!」


いつになく、少なくとも人前にあっては

いつになく、歳相応のはしゃぎぶりを

見せるニティヤ。


クリンに支えられ車両から軽く身を乗り出して

手を振るその手には、小さな布地が揺れていた。


「さっすが! いい仕事ね!」


車両の傍らでミカを駆るロイエは

ハイタッチ気味に受け取ると

これを広げ眺めてご満悦。



「一枚目は誰のにする?」


「お髭のおじ様はどう?

 きっと大喜びよ」


「アハハ、了解!」



ロイエとニティヤはうっきうきで然様に会話。

次いでロイエはミカを励まし車両の列の先頭へ。



「副長!

 カエリア大福のお礼です!」



と未だニタニタなベオルクへ。



「ッ!! これは……」



落雷に打たれ落馬しそうな程驚愕し瞠目する

人類最強の一角、天下無双の魔剣使いベオルク。


それは。


ベリルの描いたはねつきにゃんこを

如何なる魔術か光速で保存したサイアスが

薄紙を当てて透かして写しを取り。


それを基にしてニティヤが刺繍した、

ベリルの絵入りなハンカチであった。



「素晴らしい。実に素晴らしい」



持つ手と声を震わせて感じ入り、

がっつり堪能して目に焼き付けたのち、

そそくさと懐にしまい込むベオルク。


カエリア大福は食えばなくなる。

実際は無残にも食われてしまったわけだが、

こちらはそれより遥かに長持ちであると言えた。


それに何よりベリルを我が子か孫かと溺愛する

赤や黒なおじさま方にとり、ベリルの絵とは

まさに珠玉の至宝なのだった。


お得感、そして幸福感により

益々ムフフなベオルクであった。

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