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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目 その二

一路トーラナへと第二基地を進発した帰境の

一行は、1000オッピ東手の第一拠点で

別働して当地の警備に当たっていた

デレクら6名と合流した。


鉄騎衆は人馬とも第一基地に備えてあった

甲冑を纏って本来の姿へと立ち戻り、

彼ら本来の荷であった回送車両の警護へと。


近衛隊が涙目になって積み込んだ蟹、

らしきものの残滓を積み込んだ3台を含む

5台の車両の警護へと四戦隊兵士として就いた。


第一基地に詰めるのは近衛隊30名と

トーラナより大挙参じた工兵大隊の後続だ。


基地自体には十分な防壁があり篝火も

異形を払うに十分なものがあった。ゆえに

デレクらは同地と第二基地とを行き来する

工兵大隊の周辺警護を担当していた。


第二基地より安全度合いは高いものの、

第二基地より担当員数が少ない。その分

一人あたりの疲労は大きく、合流した際は

随分憔悴してみえた。


もっともそうしたうらぶれた様相の理由は

実のところ警護の疲労にはなかった。真相は

一通の書状。そこに記された内容にあったのだ。





鉄騎衆5名の去就は夜間のうちに決していた。

光通信によるベオルクの打診を赤の覇王が

快諾したためだ。


鉄騎衆はフェルモリア大王国の正規軍に属し、

その人事裁量権は大王その人のものであった。


もっともフェルモリア大王は連合軍に係る

諸事を実の妹である赤の覇王に一任していた。

ゆえに取り立てて異は唱えまいとの判断だ。


そうしたやり取りが成されたのが

第一時間区分中盤、午前2時過ぎの事。

その頃にはデレクらは第一基地へと移動し

警護の任に就いていた。



超大物との邂逅と死闘、そして勝利と凡そ

非常の連続で興奮し切って青天井であった

彼らのテンションも今はすっかり落ち着いて、

むしろ自身らの成した事を素面で振り返って

割とどん底の気分であった。


どん底な気分の根底にあるのは自身らの

成した活躍の内容、その常軌を逸した

はっちゃけ振りに対してではなかった。


そうせしめられた原因である暴言が

赤の覇王に知れてしまったら、という

根源的な恐怖、それであった。


その恐怖は余りに根源的で耐えがたく、

直視できぬ5名は悲観を楽観で上書きし

恐怖から目を背けだしていた。具体的には。


このまま直接城砦騎士団に移籍して

城砦兵士、それも兵士長と成ったなら

うっかりご祝儀で不問となるやも。


それに城砦兵士同士の間での舌禍であった

と言うことになればそもそもトーラナに

まで所業が伝わらずに済むやも。


こういった具合だ。勝手に所属状況を

遡及して忖度し合点し安堵し始めたり、

さらに一周まわって正気に返り怯えたり。

とにかく精神的に不安定な状態だった。





もっとも。


彼らのそうした茶番げな悲喜こもごもを

よそにして、現実は常に非情であった。


彼らの活躍やその前提となった事案は

全て、ベオルクが打診する、その前に。


常々荒野での対異形戦闘に興味津々で

成ろう事なら自身が中央城砦へと赴いて

次の騎士団長をやりたいと切望している

赤の覇王その人に請われ、デネブが

とっくに報告済みであったからだ。



つまり赤の覇王はデレクの暴言と鉄騎衆の

したりとした相槌を知っていた。そして

女の敵と認知したその上で敢えて。


取り立てて事を荒立てる事はしなかった。

「疑わしきはばっさり」を座右の銘とし

夫が死よりも恐れる赤の覇王その人は、

怒りに任せかの者らを引き渡せなどと

荒れ狂う事はなかった。


とりあえず、

今のところはとりあえず。


デレク共々泳がせてやる。

そういう事にしたのだった。


ただし、相手が泳がされているのだと

理解せず図に乗り調子に乗ってしまい

またぞろ暴言を吐くのはいただけない。


そこで赤の覇王は女の敵たる真・最低の屑な

6名に、一応チクりと釘を刺して置く事にした。





午前2時半、第二基地と第一基地を行き来して

鋭意修復作業にあたる工兵部隊から、デレクの

下へと書状が来た。


差出人はベオルク。第二基地からだ。

内容は赤の覇王の承認が取れた事。よって

現刻を以って5名を城砦騎士団第四戦隊所属

デレク揮下騎兵中隊員と成す事が書かれていた。


自身の暴言が発端である上に、マナサらと

同じ類っぽい赤の覇王が怖いため、色々気を

揉んでいたらしきデレク。


彼は書状の序盤を確認したその時点で随分

表情を明るくし、警護のために散っている

5名を一旦集め改めて最初から。


ベオルクからの書状を音読してやった。


「おぉ…… おぉっ!!」


喜悦に溢れ一気にテンション爆調へと

復帰する最低の屑な5名たち。だがしかし。



「んー、何々?

 鉄騎衆5名の比類なき戦果と今後の

 さらなる活躍を言祝ぎ、赤の覇王直々に

 小隊名を下賜する、と……」


「おぉ、何と!」


「陛下…… ありがたやっ!!」



音読される内容に感動し興奮し

歓喜する真・最低の屑な5名。


破壊の女神が慈母神に裏返ったが如き

有様にとことん感動し感極まっていた。



一方読み上げるデレクの表情と

テンションは一気にストップ安だ。



「……赤の覇王こと

 チェルヴェナー・フェルモリア陛下曰く」



騎兵隊中隊長であり、従って彼らの小隊名を

常に呼び書き慣わす定めを負うデレクは、

今や暗鬱かつ鎮痛な面持ちだ。


テンション爆調であった5名としても

ようやく雲行きが怪しい事に気付き始め、

固唾を呑んで続きを待った。



「貴小隊を

『サーティ・ノックズ』

 と命名す、だそうだ……」


「……」



一陣の寒風が吹きすさんだ。


ゆえにか否か、6名の表情は

夜にもさやかに凍り付いていた。





サーティ・ノックズ。


聞きなれない言葉であった。

フェルモリア大王国の言葉でない事は

同国出身なデレクにも屑らにもすぐ判った。


西方諸国の中に近い語彙を持つ国がある。

共通語に訳さば30の矢筈という意味か。


デレク率いる騎兵隊は新設されたばかり。

目下絶賛増員中だ。いずれは全体が大隊に。

小隊が中隊に育つ。そんな事もあるだろう。


また騎射を主力に据えてもいる。そうした

諸々をも踏まえた先読みの名と鑑みれば

けして判らぬものではなかった。


だがしかし、根本的な問題として。

かの国でこの語を発音する場合、

ノック「ス」と最後は清音になるはずだ。


では何故濁音なのか?

さらに申さば何故30か?


その理由は彼ら自身が誰より判っていた。

これは赤の覇王からのメッセージなのだ。




知っているぞ。




そういう意味なのだ。


覇王がチクリと刺したのは、

どうやら五寸釘だったらしい。


とまれかくまれそんな感じで、一行に合流した

6名はかくも、べっこりへこんでいたのだった。

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