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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十一日目

悲喜こもごもの夜は更けて。

日付は進み第一時間区分と成った。


夜を闊歩し闇に跋扈するのが専らな

荒野に棲まう異形らと戦う城砦騎士団

では昼夜の境界への警戒が徹底していた。


107年間分の昼夜の遷移が情報として

蓄積され、第何朔望月第何日の日の出日の入り

何時何時いつなんどきになるかを書に纏め、資料として

指揮官級に携行させていた。


よって帰境の一行の大半は当日の日の出が

第二時間区分開始直後。午後6時11分だと

でいう事を事前に把握、適宜これに備えていた。



東西に長い楕円をした平原の西端を始端とする

血の宴による世界規模の文明崩壊は、平原の

東端域にまでは波及しなかった。


お陰で東方諸国を担い手とする文明圏には

古い時代の事物が今も息づいている。


古来より常に人同士の戦に明け暮れる

野蛮を極めたその一方で、風雅の道をも

とことん愛し、故事有職を余さず伝える。

さらには独特の食文化を有するともいう。


そうした東方諸国伝来の、それも戦絡みの

格言などは城砦騎士団の戦略戦術にも虎の巻

として伝播し色濃く反映されていた。


「以逸待労」もそうだし、中には

「誰そ彼と彼は誰は同じ」などもある。


要は夜明けに近づくほど、

また夜明けの直後なほど

奇襲を受けやすいという話だ。



ゆえに荒野の夜に怯え必死決死で施工にあたる

トーラナの兵らが近づく夜明けに生の実感を

得て安堵の表情を浮かべるのとは裏腹に、

警護の一行の表情は引き締まる。

そういう風だった。





もっとも実のところ当夜の彼らには、高次の

界隈の肝煎りにより平穏無事が確約されていた。

彼らには言わば「闇の加護」があったのだ。





サイアスに対しアン・ズーが語った通り、

荒野に在りて世を統べる大いなる荒神の

うちでも公爵級と目されるいと高きもの。


騎士団には奸智公として畏れられ、異形ら

からはウェパルとして信奉される存在は、

サイアスの帰境を祝福していた。


そして荒野の荒神、それも女神らしき奸智公

ウェパルは、彼女自身が――飽くまで彼女自身

の独我論的やり方で――寵愛し祝福して已まぬ

サイアスのその帰境へと横槍を入れ、これを

穢した他の荒神を、けして許しはせぬのだった。


要するに、遥か高次の界隈において主神級、

それも荒野の女の神格的な存在がマジギレ。

大いに荒れ狂い、帰境の一行を襲わせた魔も

そうでない魔も、地上に構うどころではない。


ゆえにいかな魔が率いる軍勢による襲撃も

当座は起こり得ず、野良の異形に至っては

神罰を怖れ戦々恐々。そういう次第であった。



アン・ズーがサイアスに応えたように、

実際いかな魔が一行への襲撃を企図し手勢に

それを実行させたかは、現世に在る者には

知りようがない。


また奸智公ウェパルが把握しているか否か、

それもまさに神のみぞ知るというところ。


ただし高次の界隈でも現世の地上でも一つ

決定的かつ鮮明となったのは、奸智公が

敵を得た、そういう事だ。


敵の敵は味方という。これも東方伝来の格言だ。

これが高次の存在に、それも荒野の女神様に

適応し得るかは定かではないが、少なくとも

今日この夜に再びちょっかいをかけんとする

者はないようだ。


ゆえに人智の内側な一行の警戒感とは

裏腹に人智の外側の世界は至って平穏に。

平穏無事に朝を迎えせしめる。

概ねそういう次第であった。





とまれかくまれ地上の荒野東域で。

北往路東端より2000オッピ地点で

第二基地の修復に当たるトーラナ兵らは

順調の数乗の進捗を以って、夜明けと同時に

施工を完了してのけた。


人智の境界であり技術知の最先端である

城砦騎士団の擁する工兵らには質で劣るかも

知れないが、彼らには圧倒的な物量がある。


非戦闘員あわせ2000強な城砦騎士団では

けして成し得ぬ人海物量大正義な展開でもって

当地の基地は完全に元の状態へと復旧した。


またベオルクが不気味な笑みを湛えて思案

していた、件の大形異形が投げ飛ばした基地の

残骸の散乱する10オッピの一帯への施工案は

即刻そのままに採用された。


すなわち一行が往路の中央やや南よりに

車両通行のために通した一本筋を拡張整備。

さらにうず高き残骸を或いは衝き固め或いは

土砂を流し込み外殻を与えて壁面として仕上げ、

さらに屋根を架け坑道状へ。


まずは北方河川に面する北壁を川焼きしつつ

突貫で仕上げ、返す刀で大湿原に面する南壁を。

そうして屋根こそ無いものの南北両側に概ね

1オッピ高の壁面を有する幅2オッピの通路を

建設し、東西両端は伸張のための基部も敷設。


小湿原をぐるりと囲う長城の如くとはいかず

とも、北往路の通行の安全に大いに資する

可能性を見出していた。



そうして北往路での第一時間区分は過ぎ

ついには第二時間区分へと移行した。

午前6時10分には正鵠なる夜明けが訪れて

薄暮に酷似した影絵の世界を厳に警戒して

やり過ごした後、一行は再び旅程へと。


トーラナを目指し進発したのだった。

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