サイアスの千日物語 百六十日目 その三十九
北往路最東端より2000オッピ地点に
おける、第二基地の修復は順調であった。
赤の覇王の肝煎りで参じた近衛隊70名は
揃って勤勉であり、運搬してきた第一基地の
一部を跡地の中枢へと組み付け周囲をも整えた。
また午後9時、大形異形との戦闘後の通信に
応じてトーラナ所属の工兵部隊が資材を伴い
第一基地へと到着。第二基地へと移設した
跡地を中継拠点として本格的な施工を開始した。
基地に篭って防備に徹するのみならば
近衛隊30名で第一基地は安泰だ。だが
施工のために大勢が右往し左往するなら
話は少々違ってくる。
夜の荒野のこの界隈では極めて稀有な
生鮮なる生餌に釣られ、またぞろ異形の
一隊も寄り付かぬとは限らぬからだ。
そこで帰境の一行のうち、城砦騎士デレクと
鉄騎衆5名、すなわち真・最低の屑な6名は
第一基地へと移動して、そちらの警戒に
あたる事となった。
この頃には鉄騎衆の5名らにもベオルクや
デレクの意向が。城砦騎士団第四戦隊への
移籍を勧める旨が伝えられていた。
色んな意味で自身らの新たな在り様に
目覚めてしまった真・最低の屑な5名らは
一も二にも無く賛同し、早速諸任務にあたる
気概に溢れていた。
既に荒野でも飛び切りの戦力指数を有する
大形異形と渡り合えているため、かつての
サイアスと同様に志願兵扱いの入砦とし、
訓練課程を待たずして城砦兵士長に昇格。
その上で特務大隊と成る第四戦隊に移籍し
役職として四戦隊兵士に。四戦隊内では
デレク率いる騎兵中隊に所属して、現状の
5名で騎兵隊内では3つ目となる小隊を
編成する、そういう青写真が仕上がっていた。
一方第二基地の西手に居残った第四戦隊副長
ベオルク以下帰境の一行は、現場が激しく
賑やかになってきたために、有事に備えて待機
と言うことで早速出来たての基地内へと移動。
真っ先に仕上げられた区画内の一室を
第四戦隊営舎の詰め所風に仕上げよと
早速いちゃもんを付けてそのようにさせ、
その上で寛ぎまくっていた。
トーラナ兵にとり帰境の一行は本来は来賓だ。
ここで警備にあたっていただく事それ自体が
何とも申し訳なく畏れ多い話でもあった。
トーラナ城主たる赤の覇王もまた同様の意向
であるらしく、基地修復のための部隊は一行に
不自由なきようにと酒食の類も持参しており、
一行は有難く頂戴しつつ夜を明かす事となった。
「はねっかえりが用いたという魔術。
『燦雷』とはまた異なるもののようだな」
散々食らい尽くしたいそうご満悦な肉娘5名が
次の時間区分のための腹ごなしも兼ね歩哨へと。
結果サイアス一家とベオルクのみが
居残った、仮設四戦隊詰め所にて。
ベオルクが杯を片手にサイアスへ問うた。
「姉さんから伺った範囲では、燦雷とは落雷
そのものを象ったものだと認識しています。
ですがアン・ズーは一旦手元で武器様に
凝固させ、それを投擲し用いていました。
投擲された武器様のものは、以前かの者が
本城天頂部へ夜襲を仕掛けてきた際に私が
十束の剣で打ち落とす事に成功しています」
とサイアス。
酒が燃料なベオルクはともかく、と
こちらはデネブの煎れた紅茶を楽しみ中だ。
「ふむ」
「そういえば『アイーダ作戦』の折には
恐らくは同じもので私の投擲した
アーグレを打ち落としていましたね」
「一時的ではあっても確固たる、それも
堅固な実体を有しているという事か」
「そうですね。またあの時は
ずっと手にしたままでした。
総じて威力より制御や精度に注力した
魔術的な技巧であるように感じました」
先の合同作戦における、今の姿となった
はねっかえりことアン・ズーとサイアスとの
大立ち回りについては既に騎士団幹部らへの
報告書が出回っていた。
もっともそれらは飽くまで書面上の事。
生の戦の機微が語られていたわけではなかった。
「成程な……
使えそうか?」
ベオルクはサイアスが魔術に通暁しつつある
事を知っていた。けして好ましい事ではない。
魔術とは魔の術。すなわち人智の外なるものだ。
魔術への通暁は人の理からの逸脱を加速させる
事ともなる。もっとも荒野の死地にて生きんと
する者にはどのみち選択の余地などない。
何であれ、使えるものは使い切る。
その上で勝てれば結構な事だと
ベオルクは問うていた。
「燦雷侯クヴァシルが数秒の詠唱で成し得た
燦雷を人が曲がりなりにも模倣する場合、
相応の儀式と1200の気力が必要に
なると聞いています。
アン・ズーの用いたものは威力も規模も
燦雷には遠く及ばぬ印象ですが、人の身で
気軽に扱うには『重過ぎる』気がします。
気軽に試し撃ちするわけにも参りません
ので、取って置き、と見做しておくのが
宜しいかと。残り三つの大福のように」
至極理知的な説明の最後に、
何やらとんでもない爆弾が。
「……ッ!? お前」
何とサイアスは如何なる仕儀にてか、
ベオルクがカエリア大福を6つを所持し
3つずつ小分けにしていた事を知っていた。
……いや。
「申し訳ありません。
妻がまだまだおりまして。
残りも是非ご供出ください」
如何なる仕儀にてかは明白だった。
ひとえに生存戦略、そのゆえだ。
妻子の機嫌を取り成して家族会議を
回避するためならもぅ、何でもする。
それがサイアスの生存戦略なのだ。
「何だ、と……」
ヒゲが逆立つものっそい形相で
仰天し目をむくベオルク。蓋し
気の毒の極みではあった。
だが荒野の異形らが泣きながら逃げて
いきそうなベオルクの形相に欠片も怯まず
「『お前も若いのに大変だが、
まあ領主とはそういうものだ。
妻の一人や二人や三人や四人、
気合で何とかせよ!』
……って昔言いましたよね副長。
なので言われた通りに致しました」
しれっと、むしろドヤっとサイアス。
「記憶にない!」
「記録にある!」
そういってサイアスが取り出した帳面には
城砦暦107年157日第三時間区分、
営舎詰め所にてベオルク曰く、とその言行が
一字一句違わず漏らさず記載されていた。
「何でそんなものがある!」
と、まったくもって
ごもっともなベオルク。
「勿論こういう時のためです!」
こちらもある意味ごもっとも。
割と根に持つらしいサイアスだった。
例によって例の如く、
親子喧嘩的な風情を醸し出した
城砦騎士長ベオルクと城砦騎士サイアス。
これでも一応人の世の守護者だ。
と、そうした状況を見兼ねたか
「サイアス、あまり無理を
言うものではないわ」
とニティヤがやんわりと仲裁に入った。
やんわりと、口調と挙措は、やんわりと。
だがその紫がかった黒の瞳は黒の月、
宴の夜より真の闇だ。闇そのもの、
或いは魔より遥かに魔そのものと
成った瞳でベオルクを見据えていた。
大福を出せ。
さもなくば殺す。
わざわざ声に出すまでもなく
その眼差しが雄弁にそう物語るニティヤ。
見やればディードやクリンも似た眼差しだ。
似た眼差しをしてベオルクを見据えていた。
気のせいかベオルクの腰元で
魔剣がカタカタと鳴って聞こえた。
「待て待て!
やらんとは言ってない!」
大福三つを手放せば助かる。
ならば何をか迷わんとばかりに
即刻これを供出するベオルク。
「まぁ。有難う御座います」
ニティヤが、ディードにクリンが
花のような笑顔をベオルクに向けた。
「う、うむ…… 一瞬ここが
ラインシュタットかと思ったぞ」
サイアスの実家におわす方々を
想起し思わず冷や汗をかくベオルク。
やはり一月も滞在するのは避けた方が、
と早くも帰砦時期を検討し始めていた。




