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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1233/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その三十八

第四時間区分中盤中旬、午後9時過ぎ。

冬の寒さが身に染みる夜の荒野の只中。


北往路東端より概ね2000オッピ程。

往路を往く部隊のための第二基地跡地。


そこには二つの人の群れがあった。


東と西に一つずつ。東のそれは大規模だ。

彼らは件の大形異形に切り飛ばされてしまった

当地の基地の基部を適宜手直しして、その上に

第一基地から運んできた建造物を接木つぎきの如く

付け足していた。


当地に元あった基地の概寸は東西に8オッピ

南北に3オッピ。高さ1オッピ弱なまな板状だ。


ぶった切られたのはそのうち中央付近の

4から5オッピ程であり、両端については

中央を抉り取るのに邪魔だったせいか、滅法

手荒に刻まれ粉砕されていた。


近衛隊が山車の如く、祭りの神輿の如くに

運んできたのは2オッピ四方の基地数基だ。


これらは第一基地では西端部に位置していた

もののブロック単位での規格や仕様が共通で

あるため特段の頓着なく第二基地の中央部に

運ばれ、基部と繋げ据え付けられていった。





とまれ東手に集う70名程の人の群れは

一丸となって懸命に己が軍務に励んでいた。


一方西手の人の群れは一箇所に集ってはいる

ものの纏う装束も兵装もまばら。背丈も性別も

年恰好にも幅があった。


ただ、ある一点においてのみ、東の集団より

徹底して顕著で統制が取れた様子を見せていた。


それは、そこに集う10名弱の人の群れが

――ただ1名を除いて――さながらどこぞの

宮廷の庭にでもある群像彫刻の如き在り様で

まったく同じ仕草で硬直している、そういう点だ。


四半オッピはあろうかという大降りの鍋。

それを炊き上げる火を囲み、簡易な床几しょうぎ

腰掛けた状態で、やや俯いた彼ら彼女らは。


小脇を締めて胸前に出した右肘から

二の腕を捻り上げ、懊悩する顔を覆う風だ。

左の腕は自然に、或いは力なく左に垂らし

表情は懊悩と困惑と諦念に満ち満ちている。


図らずも、そして恐らくは不覚にも。

号令も示し合わせもへったくれもなく

彼ら彼女らが自然に取ったその挙措は。


フェルモリア王家のあの連中の愛読書に在る

ポーズ「カレー・ノシミン」に酷似していた。

もっとも指摘したところで断固として認めは

しないだろう。


そして唯一指摘し得る立場にありそうな

同じ挙措を取らぬただ1名は、そうした

周囲の有様を欠片も気に留めず悠々と、

楚々と茶なぞを啜っていた。





造形は超一流、ただしセンスはド三流くさい

作者によるが如き群像彫刻は、暫くそこに

時流が無いかの如き静的な在り様を保っていた。

が、やがて命が宿ったか息を吹き返したものか、

中でもずば抜けてヒゲ塗れの一体が口を開いた。



「それでお前は……

 書状を預け引き上げたのか」



苦虫をよく噛んで嚥下した後さらに二度三度

反芻するが如き声音でもってベオルクは呻いた。



「えぇ」



実に涼しい声でそう応じるサイアス。

寒風の中いただく茶にほっこりとしていた。


「あたまおかC」


とおかしめな発言のデレク。



「相手は化け物なのよ!

 何でそんなの信用すんのよ!」



非常に判りやすい形で

その場の意見を総括するロイエ。



「プライド」



とサイアスは手短に。


大抵の者はその一言に

虚を衝かれた風だったが、



「チキンですか?」


「塩胡椒? マヨラーセ!?」



1時間区分毎に腹が減る業を背負った

クリンと愉快な肉娘たちが何やら激しく

興奮して騒ぎ出し、すぐにめっ、と叱られた。





「仮にあの者が『汝のためだ』等々と

 ほざいたならば、手羽先にでも

 竜田でも、料理してやる気でしたが」


茶を啜る合間にぽつぽつとそう語り、

茶菓子を要求し出したサイアス。


とりあえず語らせねばならぬのでベオルクは

不承不承ながら、どこでどうして手に入れた

ものか兎に角取って置きであったらしき

三つのカエリア大福のうち一つを、蓋し

断腸の思いで差し出した。


サイアスはにこやかに会釈して拝領し、

早速賞味しようとした、ところを

ロイエにマッハで掻っ攫われてしまった。


呆気に取られ硬直してベオルクを見つめる

サイアス。ベオルクはこれに苦笑しさらに

今一つくれてやった。


すると後方の車両で待機していたはずの

ベリルがサイアスの横から顔を出して

じーーーっとベオルクを上目遣いで見やり、

ベオルクは慌てて残る一つをベリルへと。


こうしてベオルクの取って置きな三つの

カエリア大福は失われてしまったのだった。 



「アン・ズーの言動は飽くまで自身の信条に。

 ひいては自身の信奉する奸智公爵の意向に

 基づくものでした。


 なのでアレは他ならぬアレ自身のために。

 そして奸智公ウェパルの名を汚さぬために

 万難を排してでもやり遂げるに違いない。

 そういう算段が付いたのです」



アン・ズーは自らを「余」と呼ぶ。

その言行や挙措には並々ならぬ

王者の風格が満ち溢れていた。


要はセコいマネはせぬ。

そういう面も多分にあった。


もっとも本質は信念、そこだった。


サイアスとアン・ズーの間には人と異形という

余りにも決定的な差異が在る。だが互いに強烈

かつ堅固なる信念の下に戦いに臨む者であり、

誇りを自身の存在証明としている向きが強い。


つまり言質においてはサイアスや騎士団さらに

人という存在を如何に思っているかはまるで

問題でなく、良し悪しさえも問うに値しない。

飽くまでアン・ズー自身で完結する問題なのだ。


つまりは単に自身の信念を裏切らぬためだけの

挙動が結果としてサイアスの役に立つ事となる。

そういう事だった。



「成程な。まぁ立場が逆ならどうかと

 鑑みれば、納得できぬものでもない」



カエリア大福を失った悲しみ引きずりつつも

おごそかに頷いてみせるベオルク。その心中では

三つずつ小分けにしておいて良かった、と

未だ隠し持つ三つの無事に安堵していた。

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