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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1232/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その三十七

有史以来、少なくとも現行文明の興起より

数百年来において、荒野に在りて世を統べる

荒神たる魔と魔の眷属は純然たる人の敵だった。


西の荒野より東の平原に攻め入って

億の民ごと先行文明を貪り喰らった血の宴。

かの忌まわしき大災厄が起きてより、人は常に

異形とその神を敵として戦い続けてきたのだ。



数百年。

数百年だ。


歳月がおりの如く募らせた

想いの重みを思うのならば。


アンズーの語る今日は味方だだの余らに

任せよだのへは笑止笑殺が相応であろう。


血の宴の惨劇と絶望が今もなお人の心奥で

けして消し去れぬ恐怖の刻印であるように。



だがそれは常軌の範疇に留まる人の話。

人智の内側で認知を完結させる、今は

平穏なる平原に住まう人々の話だ。



無尽の死地にて刹那を勝ち取り続け、

遠く尊き平原の平穏を護り続ける者ら。

人智の境界のその先で外なる者と戦う者。


なかんずく人の世の守護者と、絶対強者と

謳われる英雄らは常軌の範疇に収まらぬ。

因習や恩讐のくびきより解き放たれている。



血の宴が心奥に刻印した本能的な恐怖に

意思の力で打ち克った彼らは、積年の恨み

つらみをも克服し、人智と認知の境界を

飛び越えて事物と直に対峙する。


そうして大いなる異邦の者どもと

互いに一個の命を懸けて渡り合うのだった。





影絵の大地と星月の狭間。

夜空という名の海原にて。


世界の覇者、大いなる荒神の御使い。

3対の翼と1対の腕を持つ雄大なる獅子(がしら)

アン・ズーと対峙する澄明で高貴なる光輝。


城砦騎士サイアス・ラインシュタットは

戦の構えを解きつつも油断なくこれを見据え

自身に向けて放たれた挙措言動を反芻した。


脳裏に目まぐるしく思索が駆け巡るも

現実の時としては精々1拍。すなわち

数秒の沈黙の後、サイアスは



「了解した。

 あの敵は貴公らのものだ」



と頷き、



「譲ったからには

 勝って貰わねば困るぞ」



と小さく肩を竦めてみせた。


ズーの戦力指数は2。

ただし高い組織力を有しており

指揮効果により3体で7扱いだ。


一方の縦長の戦力指数は16。

城砦暦107年度までは黒の月にしか

姿を見せぬと見做されていた大型種だ。


ズーは目視で5,60体。

上空からの急降下と縦長の周囲の高速旋回、

そして急上昇しての離脱を繰り返している。


縦長は推定10数体。

降り注ぐズーらに対し巨躯をブン回し面攻撃で

対処しつつ、時折味方を囮にズーを狙っている。


互いに死角の取り合いに終始するも

着実にズーの数は減っているようだ。


戦力指数は飽くまで指数だ。

戦力値を求めるには乗せねばならない。


つまり仮にズーを60体、縦長を13体と

見積もった場合、戦力値は980:3328。

縦長が圧倒しており、ズーに勝ち目はなかった。


補正要素としての天地人では上空からの

奇襲である事を鑑みればズーが多分に有利だが

それを加味しても縦長の勝利は覆りそうにない。

そういう戦局に、サイアスには見えていた。





「クク、要らぬ斟酌だ」



とアン・ズーは笑い、余韻がそのまま

何某かの韻律となり詠唱となった。


やがてアン・ズーの右腕に紫電が顕現。

槍か剣に似て具象化したその雷は投擲され

音も無く虚空を滑空し、何ら合図無く一斉に

退避したズーらと入れ替わりで縦長に迫った。


着弾し弾ける閃光、そして燃え盛る炎。

1体の縦長が訳も判らぬまま燃え尽き、

唖然とした風のもう1体へと2投目の雷。


縦長は奇襲に次ぐ奇襲、その真打を受け、

正体不明の攻撃を前に驚愕し硬直。そこを

したりと再びズーらが集りまくる。


残る縦長は少なくとも密集は不利と悟り

まずは散開する風を見せ、ズーらは逆に

密集して各個撃破の構えを見せ始めた。

 


「成程……」



遠く南方の眼下の戦場、そして得意げ、

らしきアン・ズーを交互に見やり

サイアスはそう呟いた。


アン・ズーはその様に、

そしてサイアスの真意に苦笑した。


魔術とは魔の御業の模倣であるという。

つまり一度でも見た事があれば精度は兎も角

模倣できると言う事だ。


つまり。


サイアスの成程とは戦局に納得してのもの

ばかりではない。アン・ズーの放った雷を

魔術として、一個の術技として得た。


そういう意味をも含むと見ていた。



「『はなむけ』との事だ」



と苦笑するアン・ズー。


この期に及んで主客や仔細は

問いただすまでもなかった。





「それはそれは……」


サイアスは先刻よりやや肩を竦め、

天上に向かい優雅に一礼。



「さぁ、もう往け」



とサイアスを促すアン・ズー。


ズーらだけで勝てぬのは明白ゆえ

とっとと戦に専念したい風だった。


だがサイアスはそんなアン・ズーに対し



「ところで一つ頼みがある」



としれっと物申した。


敵地の只中で敵将に対し

気軽にお願い事をするその神経の図太さは

最早人智の内とか外とかいう次元の話でも

なさげで、兎に角サイアスらしい感じだった。



アン・ズーの獅子の顔は怪訝けげんさと胡乱うろんさに

満ち充ちる風であったが、天命が、彼の奉ずる

大いなる存在が無視する事を許さぬ風であり、


「……言ってみろ」


とどこか忌々しげにこれに応じた。



「うむ、しかと聞け」



サイアスは実に得意げに、

まさに魔性のドヤ振りで語った。

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