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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1230/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その三十五

寒風吹き荒ぶ北往路の東手で平原への帰境を

目指す一行が、仮設基地を担いで擬態した

未知の大形異形と邂逅したのが午後5時半前後。


人より遥かに強大な魔と魔の眷属に対峙して

それでも絶対強者と呼ばれ得る大いなる

人の世の守護者、城砦騎士。


帰境の一行には当代の人類4億のうちでも

たった23名しか存在しないその城砦騎士が

実に3名も含まれていた。


天下無双の魔剣使いベオルクを筆頭に

騎士団随一、即ち天下随一の器用人デレク。

さらには荒野に在りて世を統べる荒神たる

魔まで惑わす魅惑の歌姫、武神の子サイアス。


いずれも歴戦を極めた戦場の支配者で

それぞれが独自に戦地戦局を見極めて

それぞれが唯一無二の正解に辿りつき、

示し合わす事なく一声で一斉に動いた。


そうしてサイアスは未知の大形異形と対峙する

一行の下を離れ金色の流星と化して飛び去った。


向かうは南東数千オッピ。

その地で一行の来着を待つトーラナ軍の

近衛隊100名への救援を果たすために。





ベオルクの背後より飛び立ったサイアスの

進路は東南東だった。近衛隊の待機地点に

ついては手前の仮設基地で休憩を取った際に

トーラナより光通信で知らされていたが、

何分薄暮の視界では途方に暮れる恐れもある。


また、眼下に拡がる雄大な暗がりたる大湿原は

兎にも角にも果てしなく臭い。命に関わる水準

であるため一刻も早く遠ざかりたいというのも

専らな理由だ。


夕暮れの暗さは落陽の残滓が地平に影を

生むからで、地平より遠いほど、すなわち

上空ほど当に夜空の明るさが調っている、と

そう考えた事も一因としてある。


とまれこうした事由から、大湿原上空へと

侵入したサイアスは、まずは目一杯高度を

上げる事とした。


かつてサイアスには参謀長セラエノより

城砦騎士団の主戦場となる中央城砦と

その近郊における飛翔に高度制限が

設けられていた。


これはサイアスの飛翔が魔術によるもので

航続時間が限定的である事。また魔軍の

航空戦力たるズーらの飛翔高度が4オッピ

前後とけして高くない事を理由としたもので、

言わば戦闘高度の十分条件だった。


だが小湿原を始めとする中央城砦近郊から

羽牙たるズーが消失して制空権を得た昨今、

高度を縛るのは魔術による気力の消耗のみ。


そも喫緊時に高度制限なぞまるで問題に

ならぬため、サイアスはシヴァを駆り山道を

駆け上るが如く一気に100オッピ程上昇した。


中央城砦本城の天頂部が30オッピ程だ。

100オッピと言えば黒の月、宴の折に

ご褒美としてセラエノが連れ出してくれた

夜明けの空、あの時の高度に迫るものだった。





夜明けと夕暮れはよく似ている。

そしてあの空からの景観はサイアスの

脳裏に今も鮮明に焼きついていた。


サイアスは脳裏と眼前、二つの景観を照らし

合わせつつ、セラエノに貰ったばかりの

概念物質たる魔法の地図を顕現させ、

シヴァの首鎧クリニエルの背の上部中空に固定し

すぅと手指を翳した。


すると出立地点や現在地、目的地や針路が

次々と魔法の地図上に光の軌跡として描画

されていく。


さらには現在時刻や高度等数値情報が次々と

地図表面に浮かび上がり、暫し揺らいで

留まった後上書きされて消えていく。


地図は水の鏡のようだ。

浮かび上がる文字や数字は

水面に浮かぶ光の泡に似ている。


きっと水に由来する魔具なのだろう。なら

相性も良さそうだ、だからくれたのかな、

などとサイアスは意識の片隅でぼんやり想い、

その一方で視界の及ぶ限りの光景から可能な

限りの情報を取っていた。





そうして件の大形異形が俯瞰すれば

逆三角形に近い体躯をしており、蟹

というより海老かも知れない事や、


大形異形がその巨大な鋏で切り取ったと

思しき第二基地の跡地には基地の基部が

そっくりそのまま残っている事。


またさながら断面図なその残滓が、

実に明瞭に区画整理されている事。


さらには現場から視界を往路に沿って

東に移した先、概ね1000オッピ地点

には無数の篝火が健在で、最東端となる

第一基地はまったくの無事である事等を把握。


この時点で第二基地の修復方法について

概ね脳裏で纏め終え、そのために必要な

時間や人員数などの割り出しを開始した。


一行の下を飛び立って、ここまでで概ね

1、2分程だ。後は間際の魔法の地図や

夜空に早くも輝きを放つ星々の配置で

適宜針路を調整しつつ進めばいい。


そう判じてさらに1分、2分。


シヴァは全速で疾駆しているがそも地に

足を着けている訳でなく、馬蹄に合わせて

足場たる界面が現れるため膂力の伝達に

無駄がなく、まったくもって揺れる事がない。


暗がりゆえ、暴風の如く叩きつける大気の

流れがなかったならば飛んでいる事すら

忘れ兼ねぬほど快適だ。


もっともそれは魔具たる馬具飛天七宝座が

気力の消耗を肩代わりしているからであり、

各々10相当の気力が込められた七宝は

既に2つが輝きを失い暗転していた。





出発地点より目標地点までは残り概ね

2000オッピ強。上昇分も合算すれば既に

1500オッピ前後飛翔しており、逆算して

シヴァの飛翔速度は分速400オッピ程となる。


往く手を阻む存在が一切ない空中である事を

考慮しても、余りに爆発的な速度であった。


本気になったシヴァの荒神の如き凄まじさ。

それでいて可能な限り頭を掲げて首を盾とし

可能な限り主を吹きつける暴風から護ろう

という慈母の如き気遣い。


そうしたシヴァの勇ましくも健気な様に

サイアスはいたく感銘を受け、シヴァの名を

高らかに呼び褒め称え、さらには何と即興で

作詞作曲しシヴァを励ますべく歌い出した。


サイアスの肩にしがみつき、自身も羽ばたいて

シヴァの飛翔を手伝わんとするユハもまた、

サイアスの歌声に合わせキュルキュルと

調子よく鳴いてみせた。



金色のシヴァ。

白銀のサイアス。

薄紫の竜の子ユハ。



影絵の世界を見下ろして、星月の彩る

荒野の夜空を孤独にかける光輝く人馬に竜は

戦場の空を声高に歌い駆けて勇敢な戦士の魂(エインヘリャル)

英霊たちの殿堂(ヴァルハラ)へと誘う神話伝承の戦乙女(ヴァルキュリャ)

そのものと相成って、一路南東を目指していた。

1オッピ≒4メートル

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