サイアスの千日物語 三十二日目 その三十三
第四戦隊営舎は、俯瞰した場合、城砦本城の城壁に沿って
北東と南西に傾いた長方形をしていた。北端には詰め所があり、
詰め所の西側には武器等の倉庫。南側には壁側に戦隊長、
内側に副長の執務室と居室があり、詰め所は武器庫と
この2名の要人の居室の警護室も兼ねていた。
副長の部屋の西隣には通路に続く大扉があり、その奥には南北に長い通路。
通路に入ってすぐ右手には騎士用の居室が4つ続き、以降は兵士の居室。
通路左手は副長の居室の終わりから兵士長の居室が8つ続き、
以降は兵士の居室となっていた。
また営舎の南端には再び大扉があり、奥には食堂と女性用浴場があった。
そして大扉の手前右手には男性用の浴場が。手前左手には食堂から入る
非戦闘員の居室と厨房が並んでいた。
食堂は最低でも一度に50人は入れる大きなものであり、
男女とも浴場には湯殿とサウナがあった。
食事や入浴、そして睡眠は城砦兵士にとって最大級の娯楽であるため、
どの施設も高度に発展した充実したものとなっていた。
また第四戦隊兵士の多くは他戦隊から抜擢された兵士長であるため、
兵士向けの居室も他戦隊のような4人部屋ではなく、
ゆったりとした2人部屋、もしくは個室が多かった。
同じ区画にある駐留騎士団の営舎についても同様で、
他戦隊に比して構成員数がかなり少ないため、外観こそ質素な平屋造りで
あるものの、内実は他戦隊よりかなり広く、施設も充実していたのだった。
サイアスはロイエとデネブを伴って通路を南へと進み、
半ばを越えて停止した。そして左手の部屋を指して言った。
「ここが私の使っている部屋。二人は向かいの兵士の部屋へ。
現状第四戦隊の員数はかなり少ないので、見習いといえど
それぞれ一室使って問題ないと思う。もっとも、
混んで来たらその時は詰めて貰うことになるけれど」
「凄いわねー、さっすが特務部隊の拠点って感じ!
第三の営舎は見た目おっきいけど、
見習いは8人部屋だったのよね……」
ロイエは自分にあてがわれた部屋をのぞいた。
中には寝台が二つ、机が一つあり、小振りの浴槽と洗面所まで付いていた。
「素晴らしいわ。これが自分の部屋なんて夢みたい……
兵士の待遇としちゃ破格も破格よ! 」
ロイエのはしゃぎようにサイアスは苦笑した。
「兵士でこれってことは、兵士長の部屋は……」
「食事は一日二度まで無料、それ以上は勲功消費。
浴場の利用制限はなかったはず。女性用は大扉の向こう側、
食堂の脇なので間違えないように。ではまた食堂で、もしくは明日に」
ロイエが部屋に飛び込んでくる前に、と
サイアスはさっさと自室に引っ込んだ。
ロイエの勘はやはり正しく、サイアスの用いている兵士長用の居室は
兵士の部屋に輪をかけて上等だった。入るとまず、
部下との接見等に使う簡易の応接室があり、その脇に洗面所と浴室、
奥には書斎兼寝室があり、各種辞書や文献資料、筆記具等、
事務仕事用の道具が一式揃っていた。寝台は一つのみだがかなり大きく、
応接室には食器棚や食品庫があり、書斎兼寝室には歩いて入る倉庫も
付いていた。また両室とも、ランプや採光用の窓が多かった。
サイアスは居室に戻ってまず洗面所で手と顔を洗いうがいをし、
ブーツや手袋、ベルト止めの備品等、汚れた装備を洗面所脇の
壁際へと安置した。それらはあとで軽く手入れをするつもりでいた。
そして自室へと向かい、ガンビスンを脱いで薄手のチュニック一枚となり、
脱いだガンビスンを椅子の背に掛けようとした時、机の上に
何かが置かれているのに気が付いた。
それは小さな紙包みだった。
紙包みは綺麗に折りたたまれ、机の真ん中に置かれていた。
サイアスは紙包みに見覚えがあった。
それは先日、自分用に取り置きした冷菓の包みだった。
昨夜半、第三戦隊営舎からの帰りに、本城の影に潜む人影へと
投げた冷菓の包みが、折りたたまれて自室の机の上に
置いてあったのだ。
「……」
サイアスは腕組みをして、暫し黙考に耽っていた。
やがて小さく頷くと応接室から小さな瓶と杯を取って戻ってきた。
そして取り置きの水と瓶の中身である果実酒で水の果実酒割りを
造り、杯に注いで机に置き、冷菓の包みで蓋をした。
さらに脇に白い布地を置き、上には赤く熟したカエリアの実を数個。
一通り準備し終えると、サイアスは満足してやや笑顔になり、
着替えを持って浴室へと向かい、まずは汗を流すことにした。




