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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十日目 その二十九

大湿原と北方河川の狭間を横切る北往路。

百年来常に主要な輸送路であるこの往路は

昨今特に人の手による整備が行き届いていた。


大湿原と峻険な南方断崖の狭間な南往路とは

異なって、北往路の東端は隘路と成っては

いなかったし、東端からは1000オッピの

等間隔で輸送部隊のための仮設基地が

築かれてすらいる状況だ。


仮設基地の建設は平原西端たるトーラナ発な

物資輸送部隊に工兵部隊が随行し、手前から

順に少しずつ資材を運んできて形にしている。

そのため東手のものほど建造物としての

完成度が高い。


往路内で一番東の基地ともなれば砦として

兵員を常駐させるに差し支えない規模だ。


荒野における全ての拠点では昼夜を問わず

篝火が焚かれている。流石に往路の中央付近

ともなると夜間は輸送の車列が途絶えるため、

明け方頃には火が消えてしまう事もある。


だが東端ともなればそれはもう煌煌たる

もののはず。先の大形異形による基地の擬態

に気付いたのも、東より二番目の基地であり

ながら、篝火がまるで無いという点からだった。





とまれそういう事情ゆえ、東から二番目の

基地の跡地付近で炊煙を上げる一行が東手に

赤の光を目にする事それ自体は、何ら不可思議

な事ではなかった。


ただ、日中かつ四方が開けているという

最良の環境における地平線の位置が概ね

1000オッピだ。


夜間に、それも四方の開けてはいない環境で

汁物をいただきつつ座して眺める視界が

1000オッピ相当のはずがない。


また垣間見える赤の光は小規模かつ明滅

するように揺れている。拠点に固定された

篝火のものとは考え難かった。


そうなると概ね800オッピ東方、

往路内第1基地よりこちら側だと思われる

位置に揺らめく赤の光は松明ではないかと

見做すラーズの判断は至極妥当で、ベオルク

やデレクもそこに異を唱える風は無かった。


だが、気軽に納得できぬ理由もあった。

それはここが荒野の只中である事であり

そして今が午後の七時半ばである事だ。





現状確固たる意味での平原の最西端。

すなわち城砦騎士団領の西の国境でもある

西方諸国連合軍拠点トーラナより、荒野東域の

広大なる障壁、大湿原の東端までの距離は概ね

数千オッピほどだ。


トーラナ軍は歩兵が主体。

工兵なら車両と歩兵で混成する。


精鋭であれば装備の如何に関わらず

城砦騎士団と同様に分速80オッピを

標準行軍速度としているが工兵となれば

大規模な資材や装備も多く、その分遅い。


よって工兵部隊の足で大湿原の東端までは

概ね1時間。そこから北往路東端まで30分。


短いながらも苛烈なる戦を負え、諸々の

処理を済ませた後に狼煙を上げ、デネブの

光通信によりトーラナへと工兵の派遣を要請

したのが概ね6時の半ばといったところだ。



今は午後7時の半ばである。

要するに、早い。早過ぎるのだ。



仮に赤の覇王が神算鬼謀を以て大形異形の

襲撃を予見していて――先発した迎えの精鋭と

同行していない時点でほぼ在り得ないが――

事前に仮設基地修復のための資材と部隊を待機

させていて、光通信の直後に進発させたとしても

往路東端に着くのが8時だ。


往路東端から現地までは2000オッピ。

赤の光の位置は概ね800オッピであるから

少なくとも1000オッピは踏破済みとして、

その分20分は追加せねばならない。


神がかり的な最速の時宜で事を進めても

工兵の到着は8時半が最速、然様に一行は

踏んでいたものだが、果たして如何なる事か。





一行の脳裏に過ぎったのは、先の大形異形との

邂逅一番、騙まし討ちに騙まし討ちで返した

火矢の後にベオルクが笑って放った言葉だ。


『せめて篝火を焚いておけ』


異形は火を恐れる。水凄の眷属であれば尚。

ゆえに件の大形異形は篝火を焚けずにその

擬態を看破され退治られた訳だが、辛くも

子らしき幾らかが逃げ延びた。


それらが経験を教訓として活かして新たな

手練手管で化かしにやってきたのだろうか。


或いは歓迎と警護のために一行を北往路の

外で待ち受けていた赤の覇王の近衛の部隊が

先行して往路へと駆けつけたのであろうか。


だが根本的な問題として、夜の荒野の北往路

へと進入できる部隊が平原に居るものだろうか。


脳裏に様々な推測がかつ消えかつ浮かんで

取り止めもないままに時間が過ぎていく。


もっとも手足はてきぱき動いて

食える分はさっさと食い尽くし

得物を手に手に布陣を固めた。


車列の配置を今から変えるのは

宜しからずとて動かさず。


往路に並行して南と北の2列に分け並べた

車列のうち南のものに非戦闘員を収容。

件の大形異形の残滓は最悪火罠に使う

手筈として、油矢火矢をも調えた。


遠景としては暢気な野営のままに

近影としては完全な迎撃態勢を。


そうして一行は遠間にちらついて、徐々に

近付く風な赤の光を待ち受けたのだった。

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