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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十日目 その二十八

僅か数秒ながらも濃密に過ぎる未知の大形異形

との激戦と、基地の残骸の撤去を始めとする

北往路上の簡易な事後処理。


これらに概ね小一時間。そう、

小一時間が費やされていた。


既に午後7時をまわっていた。

騎士団制式の時間区分で言えば

第四時間区分初旬中盤だ。


見上げればそこには冬の夜空があり

地平では銀と黒のグラデーションが

遍く万象を表現していた。


方々で篝火の爆ぜる音が低音を担う。

そこに甲高い寒風が大湿原外縁部の潅木を

ざわめかせ、時に北方河川のせせらぎを誘う。


往路を越えてトーラナそして平原へ。

帰境の一路にあった一行を観客として

荒野の大地がささやかな交響曲を奏でていた。



件の大形異形がその出鱈目な膂力でもって

投げ付けた、往路上の仮設基地の残骸は

散乱する10オッピ一帯内で適宜片付けられた。


東西に伸びる北往路の中央やや南寄り。

大湿原側には幅1オッピ強の通路が表れて、

その両脇を追加された篝火の列が彩っている。


左右にはうず高く残骸の影。


篝火が谷間の如き通路をぼぅと明かし、

そこを一行の車両が1台ずつ、

ゆるりゆるりと抜けていく。


どこか儀式めいた神秘的なその光景を眺め

一行の幹部らは更けゆく夜長を如何に凌がん

とめいめい思案し、或いは薄く嘆息していた。





闇鍋もとい蟹鍋に係る諸々が無事に落着した

事で、一行の心にも随分と余裕が出てきた。

逆に言えばそれほどまでにクリンを始めとする

肉娘らの鍋にかける気迫は凄まじかったわけだ。


とりあえずトーラナへ。


実質後事はトーラナ任せという玉虫色にも程が

ある結論には旨みも多い。勿論肉の脂の旨みだ。


となればまずは運ぶべき具材の保全を十全に。

そう息巻いて現世に残された蟹、らしきものの

脚と鋏に足を向けた肉娘らは、数歩進んですぐ

引き返してきた。どうやら臭いに怯んだらしい。


現状脚と鋏は一行の展開する一帯の最も東手

に位置していた。そして脚と鋏の直近には

未だ5名がたむろしていた。


最初期は取り付きよじ登りはしゃいでいた

彼らも、今は徐々に遠巻きに退きつつあった。

どうやら正気に戻るにつれ、異形も顔を顰める

大湿原の香りが鼻についてきたらしかった。


時折寒風の吹きぬける冬の気候な北往路だ。

当面野ざらしで放置した方が臭いも抜けて

良かろうよとベオルク。


積み込む予定な物資輸送の回送車両を2台

巨大な脚と鋏の近場へと寄せて南北を囲い、

5名にはそこで交代で番をするよう通達した。


幸い寒風は西から東だ。南北の車両で

川風を防げば臭いは東へと向かうのみ。

少なくとも野営の本陣に悪臭が及ぶ事は

なかろうとの判断ではあった。





異形の巣食う荒野の只中だ。予断は全く

許されぬものの、それでも当座の

大なる危難は去った。


然様に一息付いた一行を

不意に襲うものがある。


空腹だ。


なまじ蟹鍋の話題で盛り上がったため、

食い気のぶり返し振りが凄まじい。


肉娘らは言わずもがな。他の者らとしても

兎に角にも、腹に何か暖かいものを

放り込んでやりたいところだ。


そこで一行は、夜にはトーラナへと到着する

予定であったものの、ビフレスト勢が是非にと

強く勧めるので山ほど積み込んであった携行食、

と呼ぶにはいささか嵩張り過ぎる糧食を

在り難く頂く事とした。


主体は今や押しも押されもせぬ

ビフレスト名物「だごん汁」だ。


多量の篝火を活かして鍋に湯を沸かして

刻んで干した野菜と肉、らしきものを投入。


断じて魚人の肉ではないとビフレスト勢は

主張していたが、逆説的に魚人以外なら

何ででも在り得る肉だ。が旨い。なので良し。


時節柄トーラナ産の芋の類もごろりと入れて

ぐつぐつ具材がふくよかに膨らんだら最後の

仕上げに「だごん」を投入。


だごんとは古の海産な邪神とはとりたてて

関わりのあるものではない。と、言われる。


主たる素材は小麦粉で、練って歪に丸めて

切った具合だ。ただし隠し味があるらしい。

それについては門外不出との事であった。





とまれ当初の予定からは大きく狂いまくった

夜の北往路に、ゆらゆらとかぐわしき炊煙が

たちのぼった。


合わせて用意された漬物やアトリア直伝の

五平餅、さらには東方風の茶なども煎れられ

時折吹き抜ける寒風に首を竦めつつも一行は

ほくほくとして荒野の夕餉を楽しんでいた。



すると、暫くして。



「ん、松明、か……?」



とラーズ。


じっと目を凝らせば気付く、そんな遠い

東の方に、時折赤の光がちらちらと見えた。



「ふむ……」



す、と立ち上がったかと思えば既に馬上。

ベオルクとデレクは遠眼鏡を以て東を観た。


ラーズは魔力の影響が目にきており、

夜目がきく上遠目もきく。常人は遠眼鏡を

用いてようやく競り合えるという程だった。


距離にして凡そ800オッピ。

ほぼ真東の地平すれすれなその辺りには、

確かに松明、らしき某かの光が揺れていた。

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