表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1220/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その二十五

帰境する一行が乗って来た車列と

大形異形との近接戦闘に及んだ現場とを

隔てる、投げ付けられ巻き散らかされた

基地の残骸が散乱する一帯。


そこではベオルクの追加の指示を受け、南端、

つまり大湿原の外縁部から1オッピ程北側に

寄った辺りで、東西方向に1オッピ幅を以て

簡易に残骸の撤去が成された。


幅1オッピ有れば速度を殺し慎重に進めば

車両の通行も不可能ではない。軍馬なら

2列、徒歩なら3から4列で通れよう。


先刻の戦闘で近接戦に混じれず、やや

鬱憤の溜まっていたらしき肉娘4名。


彼女らがそれはもぅてきぱきと、さながら

深雪の最中に道を書き出すが如く残骸を

押しのけて、川底のような道を生み出した。


いい汗かいて清清しげな彼女らは、仕上げ

とばかりに最も東寄りの篝火に何やら投下。

白の狼煙が棚引いた。


一方未だ後方に在る車列からはチカチカと

ランタンのものらしき灯りが明滅していた。

狼煙に気付きこちらを注視するであろう

数千オッピ南東の目的地、軍事拠点トーラナ。


日中であれば当地から存分に望めるであろう

そのトーラナの監視塔とベオルクの命で光通信

を試みる、デネブやディードらの仕業であった。





案外当地は残骸をそのまま壁と成し、屋根を

渡して坑道風に仕立てるのも悪くはあるまい、

などと思案気に髯を撫で付けるベオルク。


フフ、と不気味に笑むベオルク。

またか、という顔でちら見するも

表立っては素知らぬ風を装うデレク。


そんな現場最上官らの元に、

再びクリンが戻ってきた。


「副長、作業完了致しました」


実に軍人らしい無駄なく報ずるクリン。

今回は背後に肉娘5名も付いてきていた。


「うむ、ご苦労」


報ずるクリンを見やりもせず、

声だけは重々しく満足げに

手短に応答するベオルク。


サイアスに邪悪のおひげと罵られた事もある

ベオルクは、悪巧み中は本当に悪党面だ。


四戦隊員的にはその形相も既に慣れっこで、

デレク同様またかと肩を竦めた上、余計な

とばっちりを受ける前にとそそくさと

戦略的転進に及ぶのが常だ。


クリンらも普段ならそうするのだが、

此度は何故だか不退転の様相であった。


名だたる剣豪であり天下無双の武人でもある

ベオルクがそうした気配に気付かぬ訳もなく、


「……進言か?」


と漸くクリンらへ向き直った。





先刻魔剣フルーレティを振るい、その剣身に

大形異形の魂を啜り取らせ現世より滅した

ばかりのベオルク。


彼の纏う漆黒の鎧とサーコートには

魔剣の放つ蒼炎の残滓が淡い燐光となって

未だ燻り灯っていた。


そんじょそこらの怪談話よりなお物騒な

暗黒騎士。或いは妖怪「魔性の髯」だ。


営舎で見る分にはまだ良いが、夜の荒野で

出くわすには余りに物騒で悲鳴不可避な、

そんなベオルクに見据えられ、クリンの

背後の肉娘衆は怯んでクリンに隠れる風だ。


もっともこぞって第一戦隊出身であり

お世辞にも縮こまって隠れきれる体格では

なく、要するに嵩張るのではみ出てはいた。



「はい。件の大形異形、

 その残滓についてです」



サイアスに従姉妹に似ていると気に入られた

だけあって、クリンは相手が暗黒騎士だろうが

魔性の髯だろうがまるで物怖じする気配がない。


ちなみにサイアスの従姉妹とは金色の

毛並み持つ大柄な肉食獣「アンバー」だ。



「ふむ、逃げた分については

 気にせずとも良い」



打ち漏らした屍手がいずれ大形異形と成る

可能性を危惧しているのだろうか。そう

見て取ったベオルクは然様に先回りした。



「いえ、そちらは元より

 まったく気にしておりません」



とクリン。


裁量外の軍務には一切興味無し。

如何にも軍人らしい応答のクリン。


「ほぅ?」


では何だ、と言いたげなベオルク。



「往路になお残る大形異形の残滓。

 これの処遇を伺いたいのです」



クリンはベオルクの背後を指差した。





ベオルクやデレクは投げ付けられた基地の

残骸積もる一帯からさほど遠からぬ東手に

立っていた。


この辺りは先の戦闘で奇襲を担ったロイエや

クリンらの初期の立ち位置で、大形異形が

実際に占有していた場所はもそっと東だ。


そして今、その東手には大形異形の

屍の一部であり戦利品でもある節足が2本。


デレクが斬断し達磨落とし風に吹き飛ばした

多脚のうちの一本とロイエらが斬断し地に

落とした巨大な鋏が残っていた。


どちらも軍馬数頭分の巨魁であり、デレクの

飛ばした方は北手すなわち北方河川寄りに

落ちていたのを引きずってきて、纏めて

南手に寝かしてある。


今はかなり正気を取り戻したらしき

真・最低の屑な5名らが取り付きよじ登って

やっほーしたり勝利のポーズに夢中であった。



「アレか……

 トーラナへ運ぶ事となろうな」



とベオルク。


大形異形のその巨躯の大半は魔剣に啜られ

消え失せたが、事前に斬断されていたこれらは

未だ現世に残存していた。


神仙の域にある弓の名手、ラーズの放った

征矢による魔弾を弾くその甲殻は金属甲冑の

装甲強度を超えており、仮設基地をざっくり

切り取る鋏の鋭利さは凡そ常軌を逸していた。


間違いなく良い研究対象となるだろう。

できれば中央城砦に持ち帰り資材部や

参謀部へと引渡したいところだが

流石にここからは遠過ぎる。


トーラナは西方諸国連合軍の拠点だ。

城砦騎士団の拠点ではないためこの手の

機密は直に手渡ししたくないのが本音だ。


だが赤の覇王は城砦騎士団長の妻君であり

何より「こっち側」の人間だ。旦那の代わり

に中央城砦で暴れたがっている女傑であるし、

まぁ貸しを作るのも悪くはない。


鉄騎衆5名の身請け料程度に考えておくか。

大損過ぎる気もするが。と苦笑するベオルク。


「そうですか。

 それはそれで構わぬのですが」


だがクリンはなお食い下がる風だ。


「……何が言いたい?」


怪訝な顔でクリンをジト見するベオルク。

デレクも腕組みし首を傾げ気味だ。


そんな上官二人に対し、

欠片も臆せずクリンは言った。




「蟹鍋が食べたい」

1オッピ≒4メートル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ