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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1218/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その二十三

第四時間区分始端、午後6時。

北往路東部に束の間の平穏が戻った。


影絵の如き暗がりに満ちていた大地にも

夜特有の明るさが姿を見せ始め、夜空を彩る

星月の銀色が北方河川の川面に照り返し、傍ら

の往路をも淡く灰色に浮かび上がらせていた。


「そこそこ逃げましたねー」


北往路東端より二つ目な、投げ付けられた

仮設基地の残骸の狭間で燻る炎の残滓に

加勢して焚き火を起こすデレクが言った。


「流石に追い討つ気にはなれんな」


相応に腹は満たせたらしくどこか

気分良さ気に鞘へと納まった魔剣の

束頭ポメルをポンと撫でベオルクは言った。



凡そ有り得ぬ程、一生涯分程に恐ろしく濃密な、

それでいて僅か数秒足らずの荒野の死闘は

人の側の勝利で幕を閉じた。


件の大形異形は魔剣の蒼炎に包まれて

にえとしてその魂を啜り尽くされた。


斯様に件の大形異形は間違いなく一行に

討ち果たされたのだが、ではそこそこ逃げた

とはどういう事か。それはこういう事だった。





大形異形にとっては盲点とも伏兵とも

言えた驚異の猛威を振るうデレクに驚愕し。


大形異形のその巨躯にとってすら大盾の如く

巨大な鋏をを叩き付けたその先に、明らかに

餌でしか有り得ぬ5名が乱舞するその様に

退くか戦うか喰らって退くかと逡巡し。


一瞬の逡巡のうちに再度デレクの猛攻を受け

驚愕が恐怖へと遷移して心身の麻痺を発症し。


元より完全に慮外であった荒野の女衆による

死角からの奇襲により巨魁たる鋏を斬断され

愕然とした大形異形。


彼、或いは彼女はこれまで最大限の注意を以て

注視していたはずの魔剣とその使い手が忽然と、

時を止めたかの如くに忽然と間近に迫り

襲い来るのを目撃した。



死合いの最中、如何に対峙する敵との

間合いを詰めるかは文字通り死活問題だ。


足指のみでにじり寄る、目付けや肩の高さを

一切変えぬ、予備動作を成さぬ等々、凡そ

世にある遍く武芸はこれを研究し研鑽し

昇華して自流の骨子としている。


剣を振る、槍を振るうというそれ以前に、

如何に間合いを詰める、いや盗むかが

最重要課題となり得るのだ。



ベオルクは平原にて在野であったその頃から

フェルモリア大王国にその名を知らぬ者なき

剣豪であった。無数の立会い果し合いを経て

会得した間合いを盗む術は深遠を極めていた。


そして異形は武芸を知らぬ。生まれつきの

強者は元より知る必要もなく強いからだ。


無論武芸に相当する要素を自然に会得している

事もあるだろうが、この大形異形は少なくとも

ベオルク級の、一時代に数名在りや無しやと

謳われる天下無双の城砦騎士長と戦った経験を

有してはいなかった。





ゆえにものの見事に間合いを盗まれた。

そして経験を次に活かす機会を永遠に失った。

そこまでは、まぁ、良いのだが。


この大形異形は当初より兎に角も、

何が何でも魔剣の一撃だけは喰らうまい、

とそう心に決めて戦闘に臨んでいた。


その徹底した執念が実ったというべきか、

自身の命は失うとも、その身に宿す数多の

命へは辛々(からがら)脱出を促す事が出来たのであった。



デレク同様予備動作なく、気付けば

振り下ろされ、突き込まれていた魔剣。


その一撃は大形異形の横長な胴部中枢、

口とも目とも付かぬ開口部一帯を

波打つように斬撃した。


魔剣の刃が触れた途端、大形異形の巨躯は

その一点より蒼白の燐光を放って崩れ、

青白き剣身へと啜られてゆく。



その最中。



小振りな庭園程もある大形異形の背中では

そこに生えていた多数の生白くむくつけき

人の腕が虚空を掻き毟って激しく暴れた。


さらにそれら腕の根元がゴボゴボボコボコと

隆起して破砕、中からドロリとした粘液に

塗れた新たな多数の生白くむくつけき

人の腕が次々に生えた。


無数の屍色の人の腕は砕けた胴部を、

互いを狂気に満ちた様相で掻き毟り、

我先にと這い出てビチビチと飛び跳ねた。


それぞれが人の背丈ほどはあるそれら

おぞましき人の腕の群れは押し合いへし合い

蠢きもがき、蒼炎の中を溺れるように暴れた。


そうしたうちの大半は本体たる大形異形と共に

蒼炎の中で燐光と化し魔剣の贄となったのだが、

うち十数本ほどが地へと落ち延びた。


地に落ち延びたそれら触手ならぬ屍手は

びたびたわしゃわしゃと跳ね這いずりつつ

北方河川や大湿原へと逃れた。


直ぐに火矢が射掛けられ、そのうち

数本を仕留める事に成功した。また北方河川

へと逃れ飛び込んだ屍手は絶叫するように暴れ、

そして崩れ落ちた。



最終的に7、8本の生白くむくつけき屍手が

大湿原外縁部へと逃れ、そのまま夜陰へと

消えていった。概ねそういう次第だったのだ。

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