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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十日目 その二十二

大形異形の抱いた恐怖とは、個々の

人の子に対してのものではない。


いかに異質な強さを持とうと、人という種が

異形を超越する事は有り得ない。この大形異形

は然様に認識していた。この大形異形は例外中

の例外たる剣聖ローディスを知らぬためだ。


もし知っていたら、つまり剣聖と出くわして

居ればとうにこの世にはなきがゆえに、この

大形異形にとり前述の認識とは真であった。


とまれこの場にこの大形異形に個として勝る

生物が居らぬのは間違いのない事で、恐怖の

対称はそこにはない。


大形異形が抱いた恐怖とは

集団戦闘に対してのものだった。


一個の種のうちにおける強さの質がまったく

もって不揃いであり、均質な対応を取り難い上、

それぞれが連続で独立別個の挙動を取り続ける。


さらにそうした不揃いな群れが一個の意思の

下に統率され、さながら一個の巨人の如くに

苛烈に熾烈に攻め立てるのだ。


一個の一手にはまったく卒なく対応できても、

次々矢継ぎ早に或いは同時に繰り出される

全てを相手取るにはまずもって思考の処理が

追いつかない。


つまりは多勢に無勢という事だ。

一個の頭では並列処理に限界がある。


そして僅か一瞬でも逡巡し手間取ればそこを

的確に、腸煮えくり返る程憎たらしく的確に

衝いて来る。文字通り手に負えぬという事だ。


個として余りに強きがゆえに群れて戦う

必要がなく、これまでに出会った群れは

集団として機能する以前の問題であったこの

大形異形は、初めて出会う手練の戦闘集団に。


黒の月、宴の折に降臨した荒神たる魔をも屠る

対魔戦闘のプロ集団。神殺しの常習犯である

城砦騎士隊に迫り、実際に魔を仕留めてもいる

兵団中最精鋭の特務隊に。


第四戦隊の戦振りに恐怖していたのだった。





平原に住まう人の子が、荒野に棲まう異形の

ものどもと対峙して、まともに戦う事すら

できずただただ喰われゆくその理由とは。


種族間の地力の差だけでなく、人が人智の

外なる異形へ抱く本能的な、血の宴を経て

心奥に烙印された恐怖によるところが大だ。


恐怖とはあらゆる心的能力を鈍磨させる。

恐怖とはあらゆる身的能力を縛り上げる。


異形を前にした人の子の心神は喪失し耗弱こうじゃく

心身共に麻痺してただの木偶でくと成り下がり、

手頃な餌として生きたままに貪り喰われるのだ。


平原の人同士の戦であっても、敵に対峙し

近似した上で一瞬でも意識が飛べば首が飛ぶ。


一瞬の油断が命取り。

一瞬とは0.2秒であるからして

すなわち0.2秒思考停止すれば心停止だ。


そうした厳しさがこの100年間荒野での

対異形戦闘にて、平原より送られてきた無数の

人の子を、その第一戦目にして死に追いやった。


逆説的に、恐怖に怯え竦む事がなければ

如何なる巨大強大な敵であれ数を利して

立ち向かう事ができるのだ。


さらに申さば。


異形を恐怖に陥れる事が適うなら、これまで

成す術なく屠られてきた人の子らと同じ末路へ。

すなわち束の間木偶と化した異形を斬穫する事

能わざるべからず。


そういう事なのだ。





この大形異形は、戦闘開始より既に数度逡巡を

繰り返しその都度損耗し、遂には敵に恐怖した。


恐慌状態と成っても未だ人より遥かに地力は上。

だがそも眼前の展開に思考の処理が追いつかず

只管後手後手に回っていた。


当初は敢えて採った言わば後の先は、今は

ただの事後処理と化していた。既に次に起こる

状況の予測ができず、形振り構わず乱舞して

距離を取り仕切り直すくらいしかない。


がったがたに揺れた精神を何とか落ち着かせ、

正気を取り戻すのに、この大形異形は一瞬

以上を費やす羽目になった。


死地においては致命的な一瞬。

だが幸いなるかな、一瞬で新たに挙動し

それを終え切れる人の子はこの場には居ない。


デレクはこの時宜に成し得る挙動を既に終え、

次なる動作に向けて遷移する真っ最中だ。

こちらから反撃する余裕はないものの、

デレクがさらなる攻撃を繰り出す余裕もない。


またこの大形異形は如何に混迷し恐慌しても

ベオルクと魔剣に対する注視警戒までは

途切れさせてはいなかった。魔剣と魔剣の主

との距離は先の号令以降未だ詰まってはいない。


自身の間近で逃げ惑うように奇怪な踊りに

興じ耽る5名らは元より論外な戦力外だ。


つまりこの時宜における敵方の攻め手は

これにて一旦途切れたというこ




ザシュゥッッ!!




またしても。またしても軽やかで鋭い斬撃音。



グォシャッ!!



次いで重く湿った破砕音が響き



ドドドォンッッ!!



と落雷の如き衝撃音、そして



ズゥゥウウゥン……



地に落ち地響き立てる大形異形の巨魁たる鋏。

その先、西手には死角より迅雷の如くに殺到し

巨魁なる鋏の付け根を狙って実に5撃。遂には

これを斬断して疾風の如く去る騎影が3。


囮を活かし千載一遇の機を活かしきった

荒野の女戦士らによる死角からの猛攻であった。


最早咆哮すらも忘れ愕然とする大形異形。

その視界を、いつの間にか詰まった間合いで

振り下ろされる、青白き魔剣の炎が染めていた。

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