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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1216/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その二十一

仕事帰りにちょいと一杯。


決死の覚悟で死地に臨む人の側と比す

大形異形の意向とはその程度のものだ。


小腹の足しに少々摘むかくらいに考えて

いたところが、想定以上の難物だったのだ。


多少の歯応えは有っていい。

危険も僅かなら程良いスパイスだ。

だが致命的なのは流石にいただけない。


既に主命は果たしている。

かくなる上はいただくべきをいただいて

深手を負う前にさっさと切り上げ戻るべし。


概ね斯様な意向をもって、聊かの危険要素も

見当たらぬ5名を喰らい遁走を、と決めた

大形異形は、横長な胴の右端に在る右上腕たる

大ヒルの如き触手でこれを捕捉する事とした。



戦力値としては完全に塵芥も囮を務めんとする

意思のみで死地を舞う5名はめいめい、事前に

教示された通りに斜め斜めへと飛び交っている。


その挙動はその場の思い付きにして支離滅裂。

恐怖に引き攣った顔を無理やり笑顔に歪めて

のけた見るも不気味な形相をして、誇示する

には聊か不適当なギトギトの肉体美を披露。


足元は斜め斜めへと飛び跳ねつつも上半身は

謎のポージングで顔は泣き笑い。まさに笑えと

言わんばかりの有様だ。


彼らは死地の最中にあって紛う事無き

シェド風創作ダンスを再現していたのだった。





だが哀しいかな、人と異形は思考も嗜好も

根底から異なる。人にとっては笑いの神が

降臨したげな奇天烈で笑える創作ダンスに

観客たる大形異形はニコリともしなかった。


ただし獲物の派手なちょこまか振りは

一本の大振りな触手にとり的が絞り難いもの

であるらしく、鞭をしならせるが如くに

一旦体側側、北東へと右上腕を振りかぶった

ものの、その振り下ろす先には逡巡があった。



ザシュゥッ!!



1瞬か2瞬のその逡巡は、

デレクにとり十二分の間隙であった。


大形異形の体躯を思えば余りに軽やかな

音がして、胴部の側面下部、やや中央寄りに

生えていた節足の1本が斬断されて吹き飛んだ。


半ば生成りの魔物と化した槍斧が一閃。


左上腕の巨大な鋏ほどではないが岩盤程度

には強固な甲殻には抗わず、激しく予測し難き

戦闘挙動の中で節足の継ぎ目のみを精密に寸断。


豪速で振りぬき旋回させ戻す槍斧の柄を

手の内でくるりと回し、さらに一閃。


斧の刃の真裏に付いた鉄槌でもって寸断し

連絡の絶たれた継ぎ目の下方に在る節足の

甲殻を垂直に豪打し、さながら達磨落としの

如くに吹き飛ばしたのであった。


刹那の間に表刃一閃。

間髪入れず流れに逆らわず

精妙無比なる裏刃での一閃。


重厚な槍斧ではおよそ有り得ぬ驚異的な

速度での二連撃を放ったデレクは、たった今

吹き飛ばして出来た節足のあった空隙へと

飛び込むや突風の如く真東へと駆け抜けた。


これにより、左半身となって西に向いていた

大形異形の右斜め後方を取り、かつ駆け抜け

様に槍斧の刃の鉤の部分を別な節足の継ぎ目

へと引っ掛け、引き千切るように振りぬいた。


2本目の節足は千切れるところまでは

いかなかったが、大形異形の右の他脚を

もつれさせる事には成功した。


こうして大形異形は右上腕の大ヒルの如き

触手を振りかぶった姿勢のまま派手にグラ付き、

死地にて笑え狂える死の舞踏(トーテンタンツ)に勤しむ5名を

一網打尽にもぎ取る薙ぎ払いを繰り出し損ねた。



激痛と激高に大形異形は思わず咆哮し、

咆哮した口中に再び魔弾を射込まれた。

まさに踏んだり蹴ったりの有様だ。





こうした数瞬の目まぐるしい攻防を

俯瞰的に纏めると概ねこういう事となる。


己が間近で恐怖に引き攣り、発狂したが

如くに踊り狂う矮小なる人の子の群れに

狙いを定めた大形異形。


不首尾であった左腕での攻撃を忘れ、

右腕の触手を以てしてこれらを十把一絡(じっぱひとから)げに

もぎ薙がんとてその長大な触手を振りかぶった。


そして振り下ろすために振りかぶったその間隙

を衝いて、デレクが右側の節足の1本を斬断。


さらに吹き飛ばして出来た空隙を縫って右側背

へと回り込み、回り込み様別の節足を引っ掛け、

残る多脚な節足ともつれさせ姿勢を崩させて

右上腕の触手による5名への攻撃をも

不発とさせた。



敵の攻め手に合わせて踏み込み

己が攻め手でこれを上書きし崩す。

敵の敵たるを元より砕く、ゆえに「砕」。



すなわち剣聖剣技「砕」の本質を重厚なる

槍斧で再現してのけたデレクの妙技に激怒し

激痛に激高し咆哮した大形異形は不覚にも

開けた大口に再び魔弾を射込まれ屈辱の沈黙。



遥かに格下の人の子相手に、

完全に手玉に取られている。


大形異形は遂に、恐怖を覚えた。

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