サイアスの千日物語 百六十日目 その二十
技能値6な観測技能を介した軍師の目では
定かに測れぬ大形異形の戦力指数は、低く
見積もっても30台後半。
名馬ヘルヴォルを駆り魔剣を操る騎士会三役
城砦騎士長ベオルクの戦力指数が30強。
名馬フレックを舌禍で召し上げられた騎士会
中堅城砦騎士デレクの戦力指数が16強。
そしておよそあらゆる武装を金繰り捨て
限りなく裸一貫となった、愛と勇気と触手
だけが友達であるような元鉄騎衆。
真・最低の屑ら5名の戦力指数が1未満。
今北往路の最中にて死闘を死合うべく
近似した者らの戦力指数とはこういう次第だ。
戦力指数は飽くまで指数。
実の戦力値を求めるには乗算する。
すなわち大形異形が推定1300以上、
ベオルクが900強、デレクが260程。
そして1未満は幾ら乗算しても1に及ばぬ
ため、5名らの戦力値は合わせても5未満だ。
数値で見れば余りにも歴然なように、
戦力値が1300を超える大形異形にとり
戦力値5はゴミ同然。まさに最低の屑である。
自身に劣るといえど看過できぬ2名の強者
との虚虚実実、刹那を争う電光石火の攻防
へと、唐突に割り込んできた塵芥な5名。
戦力として毛ほどにも気に留めてはいなかった、
そして実際毛ほどの戦力も有さぬ5名を完全に
意識の外へと追いやっていた大形異形は思わず
知らず呆気に取られてしまった。
お陰で硬直する5名に対し即座に冷静に食指
或いは触手を伸ばしこれを平らげるという
造作もない行動を、不覚にも取り損ねた。
そして
「散れぃッ!!」
と背後からベオルクに怒鳴り付けられ
我に返った5名らがほぅほぅの体で逃げ出す
その様を、悔しげに見送る羽目となった。
もっとも見送る羽目といってもほんの
一瞬二瞬の事であり、動き出しを捉え損ねた
というだけで、追って追い切れぬものではない。
また大形異形から見れば塵芥同然といえども
この5名とて平原兵士のうちでは精鋭中の精鋭。
人口一億強と言われるフェルモリア大王国
にあっては上位千名に入る最上級の傑物だ。
余りに相手が悪すぎると言えど、
彼らには彼らの矜持があるのだ。
よって散れと命じられるまま散りはするも
けして逃げはしなかった。自らを囮と任じた
死地からはけして逃げださぬ、気高き不屈の
精神力を有していたのだ。
よって彼らは事前の戦術に沿って北東へ。
うねうねとうねる触手の待ち受ける
大形異形の右腕側へと駆け出したのだった。
次の一瞬、或いは二瞬。実質1秒の半分
にも満たぬごく短時間、大形異形は逡巡した。
己が身の処し方を如何せんという、そのゆえに。
近接し、掛かってくるのが先陣に在った
ベオルク一人ならば、如何に多勢に無勢でも
如何様にも捌いてのける。そんな自信をこの
大形異形は持っていた。
だがベオルクの背後から飛び出したデレクが
意外なほどの強者であった。この2名を足して
も未だ勝ち目は十分あるが、勝ってもタダでは
済まぬ事がはっきりした。
異形らの神たる魔の命は果たしおおせていた。
後は己が判断に因るものだが、折角出張って
手ぶらで帰るのもつまらない。
ゆえに、少々厄介なのも混じっているが
適当に喰えそうなところを摘まんで帰るか、
とまずはそんな程度の考えでもって、この
大形異形は構えていた。
いわばベオルクというトゲに気をつけつつ
中身の実なり肉なりを喰らう魂胆だったのだ。
それゆえ先刻はベオルクの、というより魔剣の
挙動以外をまったく注視していなかったのだが、
伏兵なデレクがかなりの使い手だった。
小骨が刺さる程度なら許容範囲だ。だが
デレクの戦力は小骨の範疇を超えていた。
折角飢えを満たせても、それで深手を
負ったのでは、損得勘定が成り立たぬ。
ゆえに大形異形はここにおいて、
漸く撤退の意向を固め始めた。
無論、損得勘定の末での事であり、
邂逅以降に蒙った少なからぬ損耗を
補填する程度には取り分を頂く所存だ。
つまり大形異形はここにおいて、
その狙いを真・最低の屑なる5名の捕食、
それのみへと絞りこれを喰らって即時撤退。
そういう方針へと切り替えたのであった。
秒にも満たぬ僅かな時を大形異形は
思案に暮れて、己が成すべき手を定めた。
一瞬或いは二瞬とは、
人の反応速度よりも短時間だ。
左腕たる巨大な鋏の正面より泡を喰らって
逃げるように駆け出した5名らは、左半身と
なって西に面する大形異形の横長な胴部の未だ
正面付近をうろちょろしていた。
大形異形の巨体のうちで、5名らの現在位置に
最も近い攻撃部位とは、中央の口らしき器官だ。
だがそこへは魔弾を射込まれて内部を刻まれた
ばかりであり、意識的にこれを用いようとは
思えなかった。
そこで大形異形は5名らが駆け行く先にある
右腕。すなわち人の胴ほどもある太さをして
人の背丈を数倍した風な、大蛇を撚り合わせて
べっとりと粘液に漬け込んだような。
見るからに危険な香りのする、そして実際に
鼻がひん曲がり捻じ切れるような刺激的で
危険に満ちた悪臭を放つ巨大な触手を以て
これを迎え打つ事としたのだった。




