サイアスの千日物語 百六十日目 その十五
ややあって背後から寄る気配を
ベオルクはチラり二度見、三度見た。
思わず顔を顰めたベオルクは右の魔剣を
大形異形へと突き出し、バランスを
取りつつ左の肩越しに振り返った。
背後には徒歩の男が6名居た。
いずれも涙目で悲壮感溢れている。
6名とは城砦騎士デレク及び
駐留騎士団の鉄騎衆であった。
デレクは下馬しているという以外は
先刻までの武装状態に変わりなかった。
一方鉄騎兵衆は強行軍前に軽装となった
その状態よりさらに軽装。薄手のチュニック
にズボンとブーツ。ただそれきりの姿だった。
素面素小手はこの際ともかく、
護身用の剣すら携えぬ無手勝流だ。
どの道平原仕様の装備では大形異形に
効くはずもない。そう考えたにしても
余りに無防備であった。
まず装備に目を留めたベオルクだが、
次いで彼らの表情を見た。炎と星明かりで
多分に陰影が強いものの、とりあえずこぞって
泣きべそをかいているらしい。そう見てとれた。
「……一体、何だ?」
と問うベオルク。
余りに抽象的で哲学的な問いだが
この状況に他に相応しい問いが無い。
「……最低のクズです……ッ!!」
6名の男たちはしくしくとそう応えた。
つまりはそういう事らしかった。
下卑た言葉を女性に浴びせ、恥らう様を
眺めて楽しむ下卑た輩は世に絶えない。
一歩進んで冷たく罵倒され、そこに無上の
喜びを感じる拗らせた輩もまた絶えぬものだ。
そういった連中に先刻の罵倒は言わば
彼らの業界におけるご褒美であったかも
知れないが、兎にも角にも相手が悪かった。
彼らが野郎同士の呑み会なノリでやや下卑た
雰囲気の言葉を掛けて賛同しあったのはかの
世にも名高き、あの「魔よりおっかねぇ」
と謳われる「荒野の女」衆なのだ。
荒ぶり怒り狂って猛威を振るう事にかけては
天変地異級の荒野の女が10名以上揃い踏み。
黒の月の宴の方が幾らかマシと言えなくもない。
人の世の守護者たる絶対強者とて例外ならず。
そも口にした張本人たるデレクなどさめざめ
よよよと涙に暮れていた。
かつて神話級の暗殺者たるマナサの不興を蒙り
拭えぬトラウマと天井恐怖症を患ったデレク。
彼は暗殺者姉妹の妹でマナサ以上に濃厚な、
最早魔そのものとしか思えぬ深淵なる闇の
気配を纏うニティヤを筆頭とするサイアス
一家及び家臣団な女衆の怒りに触れて
鉄騎衆ともども気が触れ掛けていた。
デレクも鉄騎衆もフェルモリア大王国出身だ。
そしてこれから向かうトーラナはその大王の
妹君である赤の覇王その人が統べている。
当世三女傑の一人である赤の覇王はマナサや
ヴァディスとも親交がある。何より間違いなく
荒野の女の類であるため本件が知れればそれは
もぅ、まともな死に方はできぬだろう。
ゆえに彼らは何とか乾坤一擲、贖罪の
機会を求め必死以上の何かな有様であった。
さながら断頭台に向かうが如き有様で
今にも砕けそうな風情でよろけ歩く6名。
その背後からは3騎が現れた。
「……副長。
こいつら囮です」
金色の髪と瞳とを夜目にも爛々と。
世界の終わりを喰らうという天狼も
かくやといった風なロイエがそう言った。
ロイエはデレクより召し上げた戦乙女の名を
冠する名馬フレックを駆り、右手には優美な
三日月の刃を持つ戦斧、月下美人の写しを
引っさげ左手には手綱、そして荒縄。
荒縄は一糸纏わぬ、の一歩手前な
鉄騎衆5名を数珠繋ぎに縛っていた。
「そうか」
取り立てて頓着せずにそう応じる
ベオルク。蓋し障らぬ神に何とやらだった。
ロイエの右翼には同じく月下美人の写しを
携えた美人隊のアクラ。美人隊の中では
唯一馬術技能を有していた。
ロイエの左翼にはミカを駆るクリームヒルト。
金属よりも硬く軽いと謳われる鑷頭の皮革を
ふんだんに用いた特殊な甲冑を纏い、右手に
総鉄身の長槍、左手に重盾メナンキュラス。
馬装こそ軽いが出で立ちは重騎に近く、
攻防の要たる様を見せていた。
「まずは車両から件の異形の両側面へと
牽制射をおこない左右の動きを封じます。
その後うちら3名は向かって右の鋏と
対峙します。こいつらは正面から左方へと
ばら撒いて背中の腕や触手の気を惹かせます。
副長は一連の流れで敵の挙動が乱れた
その隙に、適宜斬り込み仕留めてください」
凍てつく程に無慈悲に冷徹に、
有無を言わせずそう語るロイエ。
その戦術は先刻までの打ち合わせと然程に
大差ないもので、むしろ撒餌な活餌がある分
より磐石化していると言えた。なお囮の生存率
に関しては、一切語らず問われもしなかった。
ちなみに貝のように押し黙り、空気と化して
危難をやり過ごした危機察知能力に長けた
歴戦のラーズは、従前通り近接戦に及ぶ
一同の援護を担当する事となっていた。
援護する担当が増えた分、ラーズ的には
難度倍増どころではない感じではあった。
だが彼はこれに異を唱え新たな標的に
加わるような愚物ではなかった。
「うむ、あい判った」
と手短に頷いて、ベオルクは
全てを躊躇なく承認してみせた。
とまれかくまれそういう事になった。




