表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1204/1317

サイアスの千日物語 百六十日目 その九

東西に長い楕円をした平原と

その西方に広がる荒野との間では

地表に瞭然たる境界は存在していない。


現行文明が平原と呼び慣わすのは、記録上

「血の宴」で最初に陥落したとされる

「水の文明圏」西方の主要都市。その廃墟を

中心として、東西に各数千オッピ程余白を

取った辺りからだ。


血の宴で平原に溢れた魔軍は数夜のうちに

億の人を喰らい尽くし、水の文明圏を滅亡させ

東側の衛星都市国家群であった現在の西方諸国

をも半壊せしめた。


当時最先端の文明が崩壊した事による

秀でたインフラ群の破綻は、これに頼りきり

であった平原全土へと波及して疫病や飢饉等

相次ぐ破滅的な災厄を招き、さらに数億が

死に至り、そこからの復興が現行文明だ。


記録上とはそういう事で、実のところ

水の文明圏の全容は現在では定かならず。


東端はライン川流域で間違いはないが

西端は不明。現状は多分に暫定であった。


とまれ荒野と平原との狭間には余白たる

緩衝域が設けられ、城砦歴107年に至る

まで、その緩衝域は堅持されていた。





ところが今夏。


これまでは緩衝域の中央の目安として。

また荒野の中央城砦への輸送部隊が平原より

荒野へと踏み込むための最後の野営地として。


朽ち果てたそのままに利用していた件の

西方主要都市の廃墟を第二のアウクシリウム

として。すなわち新たなる物資人資の集積所

として、復活させた。


さらには集積所どころか一大軍事拠点として

東西に睨みを利かす仕儀となった、それが

かの「トーラナ」であった。


これにより平原の西端は数千オッピ西へ。

トーラナこそが最西端と成った。


結果荒野か平原かを明確に定めぬ緩衝域は

トーラナ以西の数千オッピに目減りしており、

その先に一目瞭然たる荒野の地象、魔軍の侵攻

を阻む天然の要害でもある大湿原が横たわる。

そういう格好と相成っていた。


また、今秋の城砦騎士団と西方諸国連合軍に

よる大規模な合同作戦の成果として大湿原の

南手のいわゆる「南往路」を岩盤と防壁にて

物理的に封鎖した事。


さらに。


大湿原の北手、北方河川との狭間である

いわゆる「北往路」の西方を城砦騎士団が

支配下においた事。


この2点により、トーラナ以西の緩衝域へと

異形らが軍勢規模で侵入する事が困難となった。


つまりはトーラナ以西、大湿原までの

数千オッピの緩衝域すらも「平原に成った」。

そのように連合軍は捉えつつあった。





とまれそうした事情もあり、荒野の最中の

支城ビフレストより光通信でサイアス一行の

進発とその凡その到着時刻を知らされていた

トーラナ城主「赤の覇王」は、此度の大戦の

立役者であり夫の尻拭いをさせてしまっても

いるサイアス・ラインシュタット連合辺境伯を。


そして共に帰境すべく北往路を越えてきた

天下無双の勇士らを出迎えてトーラナまで

警護させるべく、緩衝域へと兵を100程

派遣していたのだった。


派遣されたのは赤の覇王に直属する近衛隊だ。


平原の基準で言えば間違いなく精強無比。

されど荒野の異形らを前にした場合、血の宴

以降人の心に刻印された恐怖に打ち克ち

「戦う」という選択肢を取り得るかは不明。


すなわち一見精強も戦力指数を有さぬ、

そういう100名の兵集団であった。



近衛隊がトーラナを発ったのは

まだ陽の残る午後4時の事。


赤の覇王の厳命により大湿原以西への進行は

禁止されており、しかるにサイアス一行への

出迎えは北往路東端の南東にて。


トーラナより真っ直ぐ西進しその後北上。

遠からず北方河川が横たわる、そんな位置に

布陣し待機する事と相成った。


トーラナから大湿原手前までの西進に約40分。

その後暫時休息し、北往路の南東にあたる

出迎え地点までの北上に約20分。


概ね一時間強で現地入りした近衛隊100名は

遠からぬ夜の訪れに備え簡素な野営地を築いて

篝火を焚き、周囲を警戒しつつ来着を待った。





先の合同作戦では南往路への防壁建造を支援

すべく、赤の覇王その人に率いられ緩衝域へと

出動していた近衛隊だが、その任地は現地より

遥かに南方。この付近に出張ってきたのは初だ。


さらに申さば先の合同作戦にて荒野奥地より

侵攻してきた異形「できそこない」の大隊は

当世3女傑とも呼ばれる赤の覇王自らとかの

神話級の暗殺者である城砦騎士マナサ。


さらにカエリア代王であり城砦軍師でもある

ヴァディスが3名のみで完膚なきまでに殲滅

してしまったがため、彼らに対異形戦闘を

経験する機会がなかった。


お陰で彼らは未だ伝聞でしか異形の強さ

恐ろしさを知らず、その伝聞も通り一遍、

最低限の知識のみだ。



つまり荒野の東域で最も頻回に目撃される

3種類の異形。すなわち南のできそこない。

大湿原の羽牙。そして北方河川の魚人。

これらについて断片的に聞き知るのみ。


しかも南往路の封鎖によりできそこないの

侵攻は在り得ず、羽牙たるズーとは不戦協定。

魚人に至っては大湿原よりさらに西方に集結

しており暗黙の共闘状態にある、そういう

事情については既に知らされていた。


つまり。


今荒野の東の辺境にて夜を迎えようとする

これら近衛隊100名にとり、この一帯に

出現すべき異形は存在しない。


そういう認識と相成っていたのだった。


無論世に名高い赤の覇王の近衛兵だ。

迂闊な振る舞いをすれば異形どころか

まずもって覇王にくびり殺されるため細心

の用心を以て任に当たってはいる。



だが如何に備える気概があっても

予測のできぬ不測には対処ができぬ。

それもまた事実。


よって近衛隊100名は彼ら自身の闇への

恐怖、その本能のみを頼りとして未知の敵を

想定し、夜の訪れを。そしてサイアス一行を

待ち構えていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ