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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その三十

取り立てて目立った負傷のないサイアスたちは、

足早に駆け寄ってきたローブ姿の治療部隊の兵士たちから

疲労回復を目的とした回復祈祷を受けることとなった。

サイアスにとって、回復祈祷は先日の北往路での戦闘後に次いで

二度目の経験だった。先日も見かけた隊長格の男によれば、

疲労回復のみを目的として治療部隊を用いるのは騎士の特権であり、

オッピドゥスの厚意によるところが大きいとのことだった。


祈祷はものの数分で済んだ。

入れ替わりにやってきた兵士たちが鑷頭の

屍を城門内へと運搬しだしたのを確認すると、

サイアスたちは営舎へと引き上げることにした。


第四戦隊の営舎は城砦内郭の北西、

第三戦隊の営舎は城砦内郭の南西といった位置にあったため、

サイアスたちは本城を中央まで進んで西へ折れ、

西口から南北に分かれて戻るルートを採用した。


やがて本城西口へとたどり着き、

サイアスは北へ、ロイエたちは南へと

別れる段となった。



「ふぅ、今日も疲れたわね…… 

 サイアス、あんた明日の朝寝坊するんじゃないわよ?」


今朝のやり取りを覚えていたのか、サイアスに対して

ロイエが姉か母かといった風にそんなことを言った。


「はいはい…… と、そうだ」


サイアスはふと思い立って話を切り出した。


「少し話があるのですが」


「あん? なんだい大将。もう矢は無ぇぜ」


ラーズは湯上りのような上機嫌で周囲の景色を眺めていた。

大兜の人物はサイアスに向き直って直立不動となり、

ロイエは回復祈祷の影響か欠伸のでる口を手で押さえていた。


「第四戦隊副長のベオルク様から、見所のある者を6名、

 第四戦隊へと抜擢するように言われています。

 抜擢後は私の下に付けるという話ですが、もしも興味が湧かれたら

 第四戦隊の営舎を尋ねてください」


サイアスはさらりとそう言うと、


「では、また明日にでも」


と一礼して北にある第四戦隊の営舎へと向き直り、歩きだした。

だがその歩みは背後から飛び掛ったロイエに僅か一歩で止められた。


「……何?」


サイアスは背後から首根っこを捉えるロイエに不快げな顔を向けた。

ロイエは左右の手でサイアスの頬を引っ張った。


「にゃにをする……」


「にゃにをする、じゃないわよ! 

 そんな大事な話、適当に流してんじゃないわよまったく!」


ロイエは何やらご立腹のようだった。

サイアスはロイエの手を引き剥がそうとした。

だが膂力では到底敵いそうにないのでカエリアの実で手を打った。

ロイエはあっさり手を放してカエリアの実に飛びついた。


「んー甘い! 私三食これでもいいわ…… 

 ってそんなことよりも!」


「傭兵にとって契約ってのは命がけなのよ? 

 お願いするならもっとちゃんとお願いしなさい!」


いつまで傭兵のつもりだ、と思ったが口にするとさらに面倒なことに

なるのは火を見るより明らかなのでサイアスは貝のように口をつぐみ、

万力でヒネられたがごとく傷む頬をさすりつつラーズを見た。

ラーズはとばっちりは御免だとばかりにささっと距離を取りつつ、


「んー、一理ある、ような無いような?

 気がしないでも無い、かも知れんが…… 

 大将、悪いことは言わねぇ。取りあえず謝っとけ。

 人生の先輩からの助言だぜ……」


ラーズは肩を竦めつつ、何とも投げやりな発言をした。


「……よく判らないけれど…… まあ気に障ったのなら謝罪を」


「ごめんなさいは!?」


「……ごめんなさい」


サイアスは疲労感たっぷりの顔でそう応えた。


「仕方ないわね、まぁ許してあげるわ! 

 んじゃ荷物取ってくるからここで待ってなさい!」


ロイエはそう言うと、上機嫌で南へと去っていった。

サイアスは訳が判らず、両手の平を上に向けて首を傾げ、

説明を求めてラーズと大兜の人物を見やった。


「『契約成立』らしいぜ? 多分……」


「……何がなんだか、よく判らない……」


「とんだ押しかけ女房だな……

 まぁ腕は立つし書類も回せるし、お買い得なんじゃないか?」


ラーズは他人事ゆえの気楽さで、肩を揺すって笑っていた。

大兜の人物はお手上げといった風に手を広げていた。


「訓練課程はまだ18日あるから、

 今日の今、ただちに決めよと言う話ではないのだけれど……」


「だよなぁ……

 ま、こっちにゃ正しく伝わってるから安心してくれや。

 とはいえ…… 戻ったアイツにそれ言うと十中八九、また暴れだすぜ。

 ここは大人しく連れて帰るこった」


「はぁ」


サイアスはこめかみを押さえた。

溜まった疲れがどっと出たようだった。



「俺は弓しか取り柄がないんでね……

 第三の弓隊にするかそっちにするかは、ゆっくり考えさせて貰うぜ。

 ま、決まったらそん時ゃ宜しく頼むわ」


数多の戦場を渡り歩いた「ワタリガラス」らしいラーズの言に、

サイアスは苦笑しつつも頷いた。


「もちろんです。今日は助かりました」


「そりゃあお互い様ってとこだ。

 良いもの拝ませて貰ったぜ。んじゃまたな」


ラーズはそう言うと手を振り、軽やかに南へと去っていった。

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