サイアスの千日物語 二十六日目 その二
廃墟を発したカエリア王立騎士団の輸送部隊は
先日までとはがらりとその様相を変えていた。
荷馬車の四隅には松明が明明と燃えさかり、
随所に武器や薬品がところ狭しと並べられていた。
荒野の悪路にも拘わらず馬足は先日の数割増しであり
頻繁に斥候が飛び出し、或いは報告に戻っていた。
もともと悪路向けの調整をしていたのだろう。
先日の行程はいわば「慣らし」だったのだ。
今の姿が輸送部隊本来のあり様といえた。
「隊長、まもなく一つ目の道標です」
騎士の一人が報告した。
「よし、進路を北に取れ」
部隊は速度を変えぬまま、
ぐいぐいと北へ転進していった。
部隊が完全に北を向いた時、
馬車の側面から道標が見えた。
それは地に突き立てられた鉄柱だった。
鉄柱は黒々とした光を放っていた。
「全長の半分程が地中に埋まってて、
地中部分には返しがついてる。
表面は識別用の薬品でべとべとだ。もしも
引っこ抜かれたら、すぐ判るようにしてあるのさ」
物珍しげに道標を見つめるサイアスに
騎士が説明してくれた。
「引っこ抜く?」
サイアスは問い、騎士は答えた。
「あぁ、たまにあるんだ。
無論人の仕業じゃない」
北進して暫しの後。
遥か前方にきらりと河川が反射しだした頃、
輸送部隊は一度目の休憩を取った。
休憩といっても馬を休ませるだけであり、
飼葉を与えたり蹄や金具を調べたりと
騎士たちは甲斐甲斐しく馬の世話をしていた。
手隙の騎士らは馬を休ませ自らは水分を摂った。
サイアスはラグナに貰った拳二つ分程の布袋から
赤い実を一つ取り出し、口にいれた。
噛むと瑞々しい甘さが広がり、思わず知らず
サイアスはうっとりとしてしまった。
余りに美味に過ぎたため、
二つ目は止めておくことにした。
部隊長ラグナは副官らしき騎士数名と
打ち合わせの最中だった。と、そこへ
偵察に出向いていた3騎が揃ってやってきた。
面頬を上げて敬礼に変え、ザッと下馬し
ラグナへと寄る3名は、皆深刻な表情をしていた。
「報告します。
北往路途上に多量の倒木や岩が散乱。
馬車の通過が困難となっております」
「ほう」
ラグナは鋭い目で北西を眺めつつ言った。
「ここ数日、
極端な風雨の類はなかったはずだ」
「ハッ」
「荒野はもともと自然の影響が大きく、
風雨の害も少なくない。それにもともと我らが
勝手に往路と呼び踏み固めているだけで、
いわゆる『道』ではない。単に他より平坦だと
いうだけだ。そうした場所に天然自然の事物が
堆積するのは至極自然で、十分納得できる。が」
そこまで言ってラグナはしばし押し黙り、
思索に耽った。副官や斥候の3名は
その妨げとならぬよう、直立不動で待機していた。
「往路を南周りに変更しよう。
現時点なら時間の損失も少ない」
「ハッ」
偵察部隊は敬礼し、
直ちに南方の偵察へ向かおうとした。
が、ラグナはそれを制して言った。
「お前たち、もう一度その現場を見てきてくれ。
確認するのは倒木や岩そのものではない。
その周囲の状況だ」
ラグナは語った。
「風雨や河川の影響でそうなったのなら、
周辺に痕跡が残ってしかるべきだ。
天然自然の成せる業だというのなら、
ただ一所のみに忽然と物が散じることは
まず、あるまい」
「隊長、それは……」
騎士らはラグナの一言を待ち、
ラグナは騎士らに頷いてみせた。
「判断材料は一つでも多い方がいい。
南への偵察はこちらで出しておく。
では頼んだぞ。くれぐれも油断はするな」
「御意」
3名は再度敬礼を成して騎乗し、
瞬く間に北西へと消えていった。相当な速さだ。
あれがこの騎兵隊の本来の速さであり、
こちらの本隊はあくまで荷馬車に合わせて
速度を抑えて進んでいるのだな、と
サイアスは改めて気づくことになった。
「馬たちの様子はどうだ。蹄や車輪は?」
「異常ありません」
ラグナの問いに騎士が答えた。
「よし、南進を開始する」
ラグナの号令と共に輸送部隊は反転し、
南方へと駒を進め始めた。




