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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1196/1317

サイアスの千日物語 百六十日目

深夜。神鏡の座所。

未だ開かれたままの空隙は

満天の夜空を支えるようだった。


星杯の儀はとうに済んでいる。

既になけなしの人気は絶えて

ただ密やかに暗がりが在った。


暗がりに切り取られた星月の空に

華やかに揺蕩たゆたう夏の天の川は既に

西の果てで暫しの微睡まどろみへ沈んだ。


今の夜空に揺蕩うそれは、

淡く儚い冬の天の川。


ともすれば他の星々の煌きに紛れ

そこにある事を忘れてしまいそうな、

淡く儚い冬の天の川が在った。


夏の天の川は銀河の中心を見やる。

だから燦然と煌くのだという。


冬の天の川は銀河の辺境を見やる。

だから淡くおぼろげなのだという。


夏の天の川は人の視座。

地より振り仰ぐ銀河の姿だ。


されば冬の天の川は神の視座。

遥か高みより見下ろす地の姿だ。


どこまでも気高く、どこまでも孤高。

そしてどこまでも孤独、どこまでも独り。


張り裂けそうな寂しさで

ふりさけ見つる星々の涙だった。





きっと魔は、神ほど悟りきれぬのだ。


暗がりに独り立つサイアスは想った。


永久に続く寂しさに耐え切れず

嘆きの淵で声に恋焦がれる。

それがかの魔の想いなのだ。


小振りなハープを手に

サイアスは想った。


かの独神ひとりがみと等しい境遇にあるも

かの独神の如き境地には至れない。

ゆえに独り、張り裂けそうな寂しさに

震える、かの大いなる存在へ。


束の間この地を離れる前に、

せめて捧げていくとしよう。



この歌を。



先の儀での巫女らと同様に

粛々と奥から夜空の側へ。


纏う純白のローブに淡い星月の色をたたえ、

さらに夜空の側へ。冬の天の川の下へ。


そしてサイアスはハープを抱き

かき鳴らしては歌いだした。


荒野に在りて世を統べる魔が一柱、

奸智公爵と呼ばれるその存在へ。


大いなるウェパルへと。



「川の乙女」を。





――遠い昔、光の時代。



光の国の王都より辺境警備に派遣された

騎士見習い。彼は辺境の地で恋に落ちた。


川辺より流れる物悲しきその歌声。

歌声の主たる娘に心奪われ恋焦がれたのだ。


二人は束の間の幸せを得た。

娘の歌、騎士の心は喜びに満ちた。


だが別れの時がやって来た。

騎士見習いは王都の警護を任ぜられ、

辺境を去る事となったのだ。


騎士見習いは娘に請うた。

共に王都へ来てくれと。


娘は騎士見習いに答えた。

共に行く事はできないと。


騎士見習いは娘に言った。

いずれ必ず戻ってくる。

それまで待っていて欲しいと。


娘は騎士見習いに答えた。

いずれ必ず戻ってくるのを

それまでずっと待っていると。


騎士見習いは約束の指輪を娘へと。

後ろ髪引かれ涙して、そして

辺境の地を去った――





ハープの音色は星星の零す涙の音に似て

サイアスの歌声は冬の天の川を潤すよう。


やがて音色と歌声は旋律を終えて、

深夜の夜空に静けさが戻った。



「荒野に在りて世を統べる

 荒ぶる神よ。大いなるウェパルよ」



サイアスは夜空へと語りかけた。



「私は必ず戻ってくる。

 それまで待っていて欲しい」



サイアスの差し出す右の掌には

小さな輝きが一つ在った。



「約束の証だ」



星杯の儀の直前、サイアスの下へと

届けられたそれは、飾りのない、しかし

これ以上ない美しさを具えた、一つの指輪。



「これを贈ろう」



サイアスは指輪を夜空へと。

淡く儚き冬の天の川へと放った。


指輪はキラリと一つ小さく光って

星月の輝きに埋もれ、見えなくなった。



暫し夜空を仰ぎ見て、やがて

冬の夜空に儚く揺蕩う天の川へと

静かに頷き、サイアスは座所を後にした。



低く湿やかな金属音が響き、

神鏡の座所は閉じられた。



そして。



荒野に雨が降り出した。

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