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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
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サイアスの千日物語 百五十九日目 その六

平素の軍務での完全無欠振りとはまるで裏腹な

プライベートの残念無念振りを露呈して激しく

悶える感じのアトリアを尻目に、サイアス一家

の精鋭による殲滅戦は完遂に至った。


一同はそのまま流れるようにお茶会へと移行。

穴が有ったら埋まりたげなアトリアは半ば

放心状態でデネブの入れた茶を頂いていたが、


「さて、アトリアさんの

 小説の話でもしよっか!」


とのロイエの一言で盛大にむせた。


ヴァディスは声を立てて笑い、

アトリアはむせって涙目で


「な、何の、事でしょう……」


と今更ながらにしらばっくれた。



「何って、報告書の冒頭だけ

 何故か伝記風だったり、文末に

 何故か短歌が付いてたり、そういうの」


「ぅっ……」



埋まるべき穴が無いので苦無で

堀り始めそうなアトリアであった。




 

「『闇の御手』討伐作戦の顛末(てんまつ)書とか、

 物凄く続きが気になってるのよね。

 アトリア先生、是非続きを!」


「せっ、先生!?」


吃驚びっくりして声の裏返るアトリア。


監軍の長の威厳なぞ

明後日へと吹き飛んでいた。



「冒頭だけ書き逃げなんてズルいわ。

 ちゃんと最後まで書いて貰わないと」



とニティヤ。



「そうそう!

 読者は置き去りよ!」



とロイエ。



「……これは」


と助け舟を求めるアトリアだが

求めた先の助け舟では



「私も続きが読みたい」


「私も気になるわ」



とヴァディスもマナサも追い討つ風だ。



「じゃあそういう事で続きを宜しく!

 春に戻ってくるのでその時までに!

 何なら実家ラインシュタットに送ってくれても!」


「困った事に…… でも……

 先生、ですか。うふふ……」



何だかんだで実のところは

満更でもないらしき風情のアトリア。


平素の忍びらしい超然とした気配は氷解し、

今はすっかり一同と和んでいた。そして。


いつか引退したら作家になりたい、だの、

荒野での戦を基にした戦記物にしたいだの。


出版はラインシュタット家が請け負うだの、

挿絵はランドやユニカ卿に頼もう、だの。


はにかみがちに語るアトリアと共に、

一同は暫し将来の夢に花咲かせた。



人の世を遠く離れた異形の棲み処、

荒野の只中に立つ陸の孤島、中央城砦。


平原の4億を護るべく人魔の大戦の最前線に

立って、人より遥かに強大な魔や魔の眷属らと

戦い暮らす者らにとって将来とは夢のまた夢。

見果てぬ先に在るものだ。


今この場にこうして集う皆が、再び揃う日は

二度と来ないかも知れない。だが、それでも。

言の葉に真と成れと祈りを込めて、彼女らは

互いの将来を夢見て笑んでいた。





参謀部序列2位たる参謀長補佐官、監察長官

でもある城砦軍師アトリアがすっかり職務を

打っ棄って、茶をしばき談笑に耽りまくる頃。


プライベートの残念無念振りでは部下の追随を

許さぬ感じの参謀長閣下。そして部下や妻子に

世話を焼いて貰わねばけして生きていけない

残念な、否理想的な貴族である辺境伯閣下の

密談は、いよいよ佳境へと至っていた。



「とまれ晩冬辺りに何かしら

 ロクでもない事が起きるってのは

 現時点にしてもぅ、不可避的でね。


 それが何かも予測済みさ。

 ただし最終的な結果だけ。


 初手や過程がどんな感じかは

 皆目見当の付かない状態でねぇ。


 対処についてもまだ割れてるよ。

 つまり未然に防ぐ事を優先するのか、

 敢えて泳がせて一網打尽を狙うのか。


 後者の方が効率が良いけど被害の程度が

 読めない以上、危険過ぎる賭けとなってる。


 まぁとりあえず騎士団うちとしては

 最低限の保険は掛けておきたい。それが

 最前線に君を置く理由さ」


「ふむ……」


「ちなみに。

 結論として何処で何がどうなるか。

 わっかるっかなー?」



瑠璃色の瞳に茶目っ気をにじませ、

その奥にある深遠の色を隠して

セラエノは試すようにそう問うた。


サイアスは無言で自身が中空に浮かべ描く

魔術製の地図に点を。そして線を加えた。





「あはは、そうそう。

 よく判ってるじゃん。


 まぁ結局これは闇の勢力の蠢動があろうと

 なかろうと不可避的な事なんだよね。

 遅いか早いかの違いでしかない。


 ただあの仮面の連中がねぇ……

 判った上で煽ってるからなぁ。

 絶対大量虐殺とか狙ってるんだろうなぁ」


手指で煩わしげに額を押さえ、

自然に垂れ掛かる金髪をかき上げて

サイアスの地図へと目を細めるセラエノ。


先の軍議でのやりとり含め全ての情報は脳裏に

取り込み済みであり、ラインドルフ襲撃から

連綿と続く闇の勢力、なかんずく「仮面」らの

暗躍に心底辟易(へきえき)する風だった。



「……仮に平原で、国一つ分程の屍が

 一つ所に集まった場合。 ……果たして

 そこに『魔』は顕現できるものでしょうか」



サイアスは言葉を選び慎重に尋ねた。


魔とは荒野に在りて世を統べるもの。

平原に在る高次の存在は神と呼ばれる。


だが本質的に魔も神も変わらぬのだと

いう事を、サイアスは既に学び取っていた。


考えたくはないが神が魔へと変ずる事があろう。

逆に大いに考えたいところだが、魔が神へと

変ずる事もあるのだろう。そこには多少付け

入る隙もある。サイアスはそう考えてもいた。



「荒野と陸続きな騎士団領ならば

 その可能性は非常に高いと言える。


 実際そういう罠が仕掛けられていた

 事もその証左になっていると思うよ。


 ただ確実に言えるのはここまでだね。

 だからうちとしては確実な所を押さえる。


 それ以上については予測が付かないし

 対処にまわる余裕もないなぁ。あぁでも

 一度『メロード』には人をやった方が良い。

 

 ここからじゃ遠すぎてやり難いので

 君の方で調べておいてくれない?」


「承知しました。

 調査後の対応についても

 当方の裁量で宜しいでしょうか」


「本分に支障のない範囲なら良し」


「了解致しました」

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