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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1192/1317

サイアスの千日物語 百五十九日目 その四

「『退魔の楔』作戦でも

 初手は水軍が主体だったんだ」


遠い眼をしてセラエノは語る。


退魔の楔作戦とは当地に中央城砦を築くべく

当時の連合軍のほぼ総兵力を注ぎ込んで決行

された空前絶後の大作戦だ。


動員数100万にして生還者1万。

荒野の只中、陸の孤島の中央城砦は

99万の犠牲の上に立っていた。


そしてセラエノはそうした英雄100万の

うち、今なお存命かつ現役な唯一人だった。



「当時は河川の眷属と渡り合うための蓄積を

 全く持ち合わせてはいなかったからね。


 そりゃもぅえぐぃやられっぷりだったよ。

 何隻の大型艦が沈められた事か…… 


 最終的には自棄やけになって、船団に

 火ぃ掛けて無理やり押し通った。

 これが北往路名物『川焼き』の起源さ」



北往路を往く輸送部隊は今でも、隘路等

河岸が迫る難所等では、大ヒルをはじめと

する河川の眷属が出現するのを抑制すべく、

川に油を撒き水面を焼いて通過していた。





「あの作戦じゃ人はもぅぼろっかすに

 死んだけど、眷属連中も相当巻き込んで

 やったからねぇ。お陰で連中は今でも

 火を過剰なまでに恐れている。


 魔や異形といった闇の存在の跳梁が

 人の心央で恐怖の刻印と成ったように、

 異形らの心央では火がそうなったのさ。


 だから荒野の異形は皆火に弱い。

 まぁ火に強い高等生物なんて

 元々そうは居ないけどねぇ」


とセラエノ。


人とて無論火には弱い。だが格上たる異形に

対し確実に効く武器として「火が使える」事は

人にとり多大なる利点だと言えた。



「陸生眷属が水を渡れぬのも

 何か関連があるのでしょうか」


とサイアス。


アイーダ作戦での大口手足らの挙動に

ついては既に将官級に周知されていた。


「んー、どうだろうなぁ。単純に

 体躯の構造的な問題の気もするけど。

 ここらはあんまり雨が降らないのも

 影響があるのかも知れないねぇ」


「成程……」


荒野の少なくとも東域は、年間を通じて

雨が少ない。まったく降らぬ月も多いものの、

さりとて水の気配は豊富にある。気候で言えば

亜寒帯だが風景には乾燥帯の要素も多い。

とかく人の常識では図れぬ地だった。





「まぁとまれ、次の次の作戦では

 水軍主体でいきたいと考えているんだ。


 でも次の次なんて、いつになるか

 流石に判ったもんじゃないだろう?


 確実なのは今居る将のうちその頃

 現役なのは君ぐらいだろうって事。


 勿論蓋然性の範疇ではあるけれど、

 君なら子々孫々と受け継いでいく事も

 できるわけだ。是非とも引き受けといてよ」


戦場に立つ身ゆえ不確実さは伴うものの、

サイアスは常なる人の時の流れからは

既に十二分に逸脱していた。


また確固たる所領を有する封建領主であり

嫁も山ほどいる事なので、子々孫々に渡る

繁栄もほぼ約束されていると言えた。


ブーク公爵家やオッピドゥス子爵家と同様に、

サイアスとその一族は既にして城砦騎士団や

西方諸国連合軍における中核的な存在なのだ。


国家百年の計を担い千年王国の礎と成るべく

歴史規模の活躍が宿命付けられているのだった。



サイアスはそうした人類史の表舞台に立つ

自身らの重責に厳粛な頷きを返しつつも、


「『退魔の大軍』の進路を

 なぞるおつもりなのですか?」


とセラエノに問うた。


次の次の作戦とやらの絵図は、現段階では

セラエノの脳裏にしか存在していないだろう。

逆にそうだからこそ気軽に聞き、答えて貰える

可能性はある。そう見たサイアスの問いだった。


「フフ、どう思う」


セラエノはそうしたサイアスの意図を汲み、

悪戯っぽい笑みを浮かべさっと右手を払った。


不意に二人の狭間な中空に淡い光が点滅し

やがて収束して一枚の地図を象った。


地図は平原西域から荒野東域までを網羅

している。サイアスがこれまでに見てきた

中では、荒野を目指す旅路の最中にラグナ

隊長より譲られた地図に程近いものだ。


だが彩度といい精度といい全く次元が

違っていた。これはさながら天空より

実際に見下ろした世界の容貌そのもの。

そんな地図だった。





「『神の眼』ってのを持ってる

 究極のお困り野郎が居てねぇ……

 まぁ色々あってこれを譲り受けたんだ。


 察しが付くだろうが概念物質で出来てる。

 魔術を用いれば任意の界面に顕示できるのさ。


 私にはこうしたものを一から造る才能は

 ないけれど、流石に100年もあれば

 構造を理解し複製を作る事はできた。

 

 君には私が作った複製の方をあげよう。

 書き込み機能や軍師の眼をベースにした

 測量計算機能付きのアップグレード版さ」


セラエノはサイアスに左手を差し出す

よう仕草して、応じたサイアスの掌に

自身の掌を乗せた。


二人の掌の狭間で淡い光が

一度瞬き、そして消えた。



「実はデネブのうさ耳(カゥムディー)にも、

 似たものが実装インストールされている。

 ここの真下の指令室にもね。

 まぁご褒美兼普遍の信頼の証って事で」


「何とも一蓮托生な感じですね。

 でもとても綺麗なので気に入りました。

 有り難く頂戴致します」



理由や思惑がどうであれ、それが

光物な時点で気に入るに決まっている。

サイアスとはそういう生き物であった。



「うむ苦しゅうない!

 んじゃさっきの続き。どう思う?」


「……こう思う」



サイアスは早速中空に自身のものとなった

地図を出し、その中に矢印を描き出した。

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